しきもの。 全線(古きものと新しきもの)[ロシア映画社アーカイブス]

枕草子 『うつくしきもの』 現代語訳と解説 / 中学国語 by 走るメロス

しきもの

1925年12月、ロシヤ共産党大会は工業と農業における社会主義化の促進を決議した。 「全線」とは党の基本方針を意味するが、この映画は、それに応え、農業の集団化と機械化による社会主義化を描いたものである。 この作品は農村の集団化をテーマに取りあげた最初の映画となった。 撮影はかつてのべンザ県の農村で、土地の農民が出演して行われ、主役を演じたマルファ・ラプイキナも農婦であった。 エイゼンシュテインは、ほとんど記録映画スタイルで、ロシア農村の貧困と後進性、宗教の欺瞞、農民の意識の変化、機械化された農業の持つ可能性などのテーマをモンタージュを駆使して描き、特にエモーショナルな表現を呼び起こす様に努力している。 なお、この映画の撮影は1926年末に始まったが、「十月」の製作のため、一時中断され、29年初めに完成したが、一部に批判を受けたため、手直しを行い、タイトルも「古きものと新しきもの」と改めて、10月に初公開された。 日本では1931年、「全線」という邦題で公開されている。 広大なロシアの農村。 革命後数年がたっていたが、畑地の隅では貧しく、不潔で前近代的な生活が営まれていた。 農婦マルファもそうした貧農の一人だった。 彼女には耕作する馬がない。 富農の所へ馬を借りに行っても断わられ、仕方なく痩せこけた牛に犂を引かせているが、牛はついに倒れてしまう。 絶望したマルファは政府が提唱する農業協同組合結成の呼びかけに応じる決心をした。 一方、まだ多くの農民は古くからの伝統と因習のなかで暮らしており、父親が死ねば財産一切を息子たちが分割していた。 早ばつになれば相も変らず、僧侶を先頭に雨乞いをしていた。 まして、土地や収入の集団化をめざす政府の提案にはなかなか耳を傾けようとしなかった。 だが、農業協同組合がその資金で初めて牛乳分雌器を購入すると、農民は分離器の作業を目のあたりにして、目を覚まさせられた。 組合員の数は一挙に増加した。 さらに組合は種牛を購入して、牛も増え始めた。 官僚的な仕事のために遅れていたトラクターの導入もマルファの努力で実現することになる。 村にトラクターが到着した。 マルファも乗ったそのトラクターが広大な大地を前進していく。 その何十頭の馬に匹敵する大きな力は個人農の私有地を隔てる棚までも次々と倒していく……。 だが農業協同組合が購入した牛乳分離器の作業の成果をみて、組合員の数は一挙に増加した。 組合は稼いだ金で種牛を買い、やがて牛も増え始めた。 官僚的な仕事のため遅れていたトラクターの導入もマルファの努力で実現することになる。 村にトラクターが到着した。 それは力を発揮した。

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強く美しきもの、それは全ての母たちと吉田沙保里である〜吉田沙保里(元レスリング選手)

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清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた 『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。 このウェブページでは、『枕草子』の『あさましきもの 刺櫛すりてみがくほどに~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。 参考文献(ページ末尾のAmazonアソシエイトからご購入頂けます) 石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫) [古文・原文] 93段 あさましきもの 刺櫛(さしぐし)すりてみがくほどに、物に突き障へて(つきさえて)折りたるここち。 車のうちかへりたる。 さるおほのかなる物は、所狭く(ところせく)やあらむと思ひしに、ただ夢の心地して、あさましうあへなし。 人のために恥づかしうあしきことを、つつみもなく言ひゐたる。 かならず来なむと思ふ人を、夜一夜起き明し待ちて、暁がたに、いささかうち忘れて寝入りにけるに、烏のいと近く、かかと鳴くに、うち見上げたれば、昼になりにける、いみじうあさまし。 見すまじき人に、ほかへ持て行く文見せたる。 無下に知らず見ぬことを、人のさし向ひて、あらがはすべくもあらず言ひたる。 物うちこぼしたるここち、いとあさまし。 [現代語訳] 93段 あきれてしまうもの(情けないもの) 刺櫛を擦って磨くうちに、何かにぶつかって折ってしまった時の気持ち。 牛車が転覆してしまった時。 そんな大きな物は、所狭しとばかりに安定していると思っていたのに、(バランスを崩してひっくり返ってしまった時には)ただ夢のような感じがして、情けなくてあっけないものだ。 人が恥ずかしくなるような悪口を、遠慮もせずに言っている時。 必ず来るだろうという男を、一晩中、起き明かして待って、明け方になって少し忘れてしまって、寝入ってしまったところ、烏がとても近くでカーカーと鳴くので、空を見上げたら、もう昼になってしまっている、とても情けない。 見せてはならない人に、他に持っていく手紙を見せている。 全くこちらが知らないことや見ていないことを、人が差し向かいで議論する間もないほどに勢い良く喋ってくる。 物をひっくり返してこぼした気持ち、とても情けないものだ。 スポンサーリンク [古文・原文] 94段 くちをしきもの 五節(ごせち)、御仏名に、雪降らで、雨のかき暮らし降りたる。 節会(せちえ)などに、さるべき御物忌(おんものいみ)のあたりたる。 いとなみ、いつしかと待つ事の、さはりあり、にはかにとまりぬる。 遊びをもし、見すべきこともありて、呼びにやりたる人の来ぬ、いとくちをし。 男も女も法師も、宮仕へ所などより、同じやうなる人諸共(もろとも)に、寺へ詣で(もうで)、物へも行くに、好ましうこぼれ出で、用意よくいはばけしからず、あまり見苦しとも見つべくぞあるに、さるべき人の、馬にても車にても行きあひ、見ずなりぬる、いとくちをし。 わびては、好き好きしき下衆などの、人などに語りつべからむをがな、と思ふも、いとけしからず。 [現代語訳] 94段 残念なもの 五節、御仏名に、雪が降らずに、雨が長々と降った時。 晴れやかな節会などに、然るべき宮中の物忌がぶつかってしまった時。 準備して今か今かと待っていた催しが、支障があって、急に中止された時。 遊びたかったり、見せたいものがあって、呼びにやった人が来ないのは、とても残念である。 男でも女でも法師でも、宮仕への場所などから、似通った気の合う人が一緒にお寺にお参りしたり、一緒にどこかに行くのに、派手な衣装が車からこぼれ出ている。 その衣装は良く言っても常識はずれであり、一般の人からは見苦しいとさえ思われるものだが、然るべき人(衣装の嗜好・魅力を知る人)が、馬でも車でも通り過ぎてしまって、その派手な衣装を見ないままに終わったのはとても残念である。 情けない話としては、物好きな下層の人で噂話をするような口の軽い者でもいいから、(その目立つ衣装を見てもらいたいのでどこかで誰かと)行き合わないかななどと思うのも、とても常識外れである。

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全線(古きものと新しきもの)[ロシア映画社アーカイブス]

しきもの

原文 もの。 瓜にかぎたるちごの顔。 すずめの子の、するに来る。 いとうつくし。 頭はなるちごの、目に髪のるをかきはやらで、てものなどたるも、うつくし。 をかしげなるちごの、いだきて遊ばしほどに、て寝たる、いと。 雛の調度。 蓮の浮葉のいとちひさきを、池より取りあげたる。 葵のいとちひさき。 なにもなにも、ものはみなうつくし。 八つ、九つ、十ばかりなどの男児の、声はて書たる、いとうつくし。 また親の、連れて立ちて走るも、みなうつくし。 瑠璃の壺。 現代語訳 かわいらしいもの。 瓜にかいてある幼い子どもの顔。 すずめの子が、(人が)ねずみの鳴きまねをすると飛び跳ねてやって来る(様子)。 2、3歳ぐらいの子どもが、急いではってくる途中に、ほんの小さなほこりがあったのを目ざとく見つけて、とても愛らしい指でつまんで、大人などに見せた(様子)。 髪型を尼のように肩の高さで切りそろえた髪型である子どもが、目に髪がかぶさっているのをかきのけることもしないで、首をかしげて何かを見ているのなども、かわいらしい。 大きくはない殿上童が、美しく着飾らせられて歩くのもかわいらしい。 かわいらしい様子の子どもが、ほんのちょっと抱いて遊ばせかわいがっているうちに、しがみついて寝たのは、とてもかわいらしい。 人形遊びの道具。 蓮の浮き葉でとても小さいのを、池から取り上げたもの。 葵の大変小さいもの。 何もかも、小さいものはみなかわいらしい。 とても色白で太っている子で2歳ぐらいになるのが、紅花と藍で染めた薄い絹の着物などを、丈が長くて袖を紐で結びあげたのが這ってでてきたのも、また短い着物で袖だけが大きく目立っている様子で歩いているのもかわいらしい。 8、9、10歳ぐらいになる男の子が、声は子どもっぽくて読書をしているのは、大変かわいらしい。 鶏の雛の、足が長く、白くかわいらしい様子で、丈の短い着物を着ているような姿で、ぴよぴよとやかましく鳴いて、人の前や後ろに立って歩いているのもかわいらしい。 また親(鳥)が一緒に連れ立って走っているのも、皆かわいらしい。 雁の雛。 瑠璃の壺(もかわいらしい)。

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