ケネディ 大統領 名言。 Mind Charging vol.63 『ジョン・F・ケネディの名言』

ケネディ大統領のリーダーとしての力の分かる5つの名言

ケネディ 大統領 名言

ジョン・F・ケネディの生涯 1917年5月29日、マサチューセッツ州ブルックラインのケネディ一家に次男として生まれる。 父はアイルランド系移民の実業家。 母方の祖父はアイルランド系米国人の有力者としてボストン市長、下院議員を務めている。 ケネディは生まれつき背骨に障害があり、生涯、背骨の痛みに悩まされた。 1940年にハーバード大学を卒業。 第二次世界大戦では南太平洋で魚雷艇を指揮。 困難な状況下、部下と生還したことで英雄となる。 戦後、政界入りし、1947年~1953年に下院議員、1953年~1960年に上院議員を務める。 そして1960年の大統領選挙に民主党から出馬し、共和党のリチャード・ニクソンを僅差で破り当選。 選挙で選ばれた最も若い大統領(43歳)となった。 カトリック教徒、アイルランド系としても初の大統領であった。 大統領在任中にはピッグス湾事件、キューバ危機、ベルリンの壁の建設、米ソの宇宙開発競争など、多くの歴史的事件に取り組む。 1963年11月22日、遊説先のテキサス州ダラスにてオープンカーでパレード中に狙撃され、暗殺される(享年46)。 調査当局は逮捕されたオズワルドの単独犯行という結論を出しているが、多くの陰謀論も唱えられている。 それは、ソ連が弾道ミサイルを含む攻撃用兵器をキューバに持ち込んだもので、当時世界は核戦争の危機に瀕していた。 そうした状況下で行われた米国・ケネディ大統領とソ連・フルシチョフ首相との交渉。 本書は、大統領の側近だった実弟のロバート・ケネディが当時のアメリカ合衆国の決断を生々しく語った回顧録である。 そこには、司法長官として常に身近にいるからこそ理解できる、兄ジョン・F・ケネディの苦悩と何としても危機回避を行わなければならない決意が描かれている。 ともすれば軍事行動に走ろうとする軍部。 したたかに虚実を交えた情報戦を図るソ連。 こうした中で、大統領は迫りつつある核戦争の危機を、軍事力でなく外交交渉でいかに解決するかに腐心していた。 危機の最中に弟にだけふと漏らす大統領の人間的なつぶやきが、この兄弟のきずなの強さを物語っている。

次の

ジョン・F・ケネディの英語の名言・格言集。英文と和訳

ケネディ 大統領 名言

ジョン・F・ケネディは第35代アメリカ合衆国大統領。 テキサス州ダラスでの遊説で、パレード中に射殺された。 犯人は未だに不明。 1917年アメリカ・マサチューセッツ州ブルックライン生まれ。 ケネディ家はジョンの祖父が事業に成功し、有力な民主党員でもあった。 父のジョセフも実業家で映画や株の投資で財を成し、ルーズベルトの大統領選に資金援助した縁で英国大使も務めた。 1940年にハーバード大学を卒業すると、1941年海軍に入隊。 第二次世界大戦でジョン・F・ケネディは、魚雷艇PT109の艦長としてソロモン諸島で日本軍と対峙した。 しかし、航行中に日本軍の駆逐艦「天霧」と衝突して船が大破。 ケネディは近くの島に生存していた仲間を導いて救命した。 この功績によりケネディは海軍から勲章を受けている。 1945年ジョン・F・ケネディは健康不安を理由に海軍を除隊。 1917年ジョン・F・ケネディは下院議員選挙に29歳の若さで立候補し当選、5年間下院議員を務めた。 1952年上院議員に鞍替えして立候補し当選。 上院議員時代は弟とともに組織犯罪と労働組合の腐敗を追及する「上院マクレラン委員会」で活躍。 トラック運転手組合とマフィアの癒着を暴くなどして徐々に名が知られるようになった。 1956年の大統領選ではアドレー・スティーブンソン大統領候補の副大統領候補として出馬。 予備選挙で敗れたがその風格ある演説で注目を集め、後の大統領選挙への足がかりを築いた。 1960年大統領選挙でジョン・F・ケネディは民主党の大統領候補として出馬、テレビ討論会で有権者を魅了し共和党候補のニクソンを逆転。 接戦の末、第35代アメリカ合衆国大統領となった。 大統領としてはアポロ計画の推進、人種差別の撤廃、ベトナム戦争への増兵、キューバ危機の回避などを行った。 1963年11月22日、翌年の大統領選挙キャンペーンでテキサス州・ダラスを訪れていたジョン・F・ケネディはパレード中に銃弾二発を浴び、うち一発が後頭部に当たり死亡した。 数々の陰謀説などが唱えられたが、背後関係は未だ不明で犯人もわかっていない。 享年46歳。 Copyright C コトバのチカラ. JP ALL RIGHTS RESERVED.

次の

ジョン・F・ケネディの名言・言葉

ケネディ 大統領 名言

ジョン・F・ケネディ(John F Kennedy)の英語&和訳のおすすめ名言と人物像 じっくり読み込みたい!リーダーシップに関するジョン・F・ケネディの言葉-お気に入りBEST5 (1)Only those who dare to fail greatly can ever achieve greatly. (大きな失敗を恐れない者だけが、偉大なことを成し遂げる。 ) (2)We are not here to curse the darkness, but to light the candle that can guide us thru that darkness to a safe and sane future. (我々は暗闇を呪うためにここにいるのではなく、その暗闇の中で私たちを安全で元気な未来に導くことができるろうそくを灯すためにここにいるのだ。 ) (3)There are risks and costs to a program of action, but they are far less than the long-range risks and costs of comfortable inaction. (行動にはつねに危険や代償が伴う。 しかしそれは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、取るに足らない。 ) (4)Efforts and courage are not enough without purpose and direction. (目的と方針がなければ、努力と勇気は十分ではない。 ) (5)Things do not happen. Things are made to happen. (物事は何もせず起きるものではない、物事は起こすものだ。 ジョン・F・ケネディの生涯・功績・エピソード 【数々の病気と闘いながら第二次世界対戦で名声を得る】 20世紀最大の謎ともいわれる暗殺事件の被害者ケネディは、若さと端麗な容姿、自信に溢れた語り口調で、アメリカの新しいリーダーとして期待されていた。 しかしそんなイメージとは裏腹に、ケネディは人生の大半を重い病気との闘いに費やした。 幼少期から継続的な風邪の症状や慢性的な下痢をともなう原因不明の病に悩まされたケネディはコネチカット州にある名門チョート校でも下痢や腹痛、謎の発疹などに苦しめられ、一時は血尿が出て死を覚悟したともいわれている。 医師の診断も過敏性腸症候群や消化器系の潰瘍とまちまちで対処療法的に大量のステロイド継続的に投与された。 成人後は、副腎皮質の機能が低下するアジソン病のほか、原因不明の背骨の痛みにも襲われているがこれは当時知られていなかったステロイドの副作用と考えられる。 これらの病気のためケネディはプリンストン大学を中退し入り直したハーバード大学でもよく体調不良になった。 こうした病を抱えながら第二次世界対戦中は海軍に入隊し、魚雷艇の指揮官を務めた。 1943年8月、ソロモン沖で日本の駆逐艦「天霧」とケネディの乗る魚雷艇が衝突し魚雷艇が沈没。 重症の部下を伴って生還したことでケネディの名は英雄として全米に知れ渡った。 【非WASPとしてのケネディ家の戦い】 その後政界入りしたケネディだがまだ病気との闘いはつづいていた。 カトリックの秘蹟のひとつで死を迎えようとしている人に施される終油の準備が行われたことも何回かあったという。 このカトリック信者だったという事実は彼が大統領になるための足かせとなった。 アメリカにおける支配層はそれまでWASP(ホワイト、アングロ・サクソン、プロテスタント)に限られていたからである。 ケネディのみならず1850年頃にアイルランドからアメリカに渡ったケネディ家の歴史はこのWASP支配との闘いの歴史でもある。 2代目パトリックの築いた富をもとに、3代目ジョセフはWASPの子弟が集まるハーバードに進学するが当時新教国アメリカのなかで差別とされたアイルランド系移民の彼は学内でも無視され続けたらしい。 その後、ビジネスで成功したジョセフは、フランクリン・ルーズベルト政権時代に、アイルランド系初の駐英大使となる。 そして優秀な長男ジョセフ・ジュニアを第二次世界対戦で亡くすという悲劇に見舞われながらも次男のジョンによって自らが成しえなかった野望の頂点「非WASP初のアメリカ大統領」を見事に誕生させた。 【43歳の若さで1961年〜1963年民主党からアメリカ大統領へ】 自由主義世界での指導的地位の確保、国民の自覚を促すニューフロンティアを提唱、キューバ危機が勃発、部分的核実験停止条約、63年にテキサス州ダラスで暗殺される。 また、家政婦の証言によりと肉体関係にあったことが明らかにされている。 非商用利用の範囲内でご利用ください。 当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。 ジョン・F・ケネディ(John F Kennedy)の名言・格言 Things do not happen. Things are made to happen. 物事は何もせず起きるものではない、物事は起こすものだ。 - アーカンソー州フェアグラウンドでのスピーチ Forgive your enemies, but never forget their names. 敵の行いは許してやれ。 だが、誰が敵であったのか決して忘れてはならない。 We are not here to curse the darkness, but to light the candle that can guide us thru that darkness to a safe and sane future. 我々は暗闇を呪うためにここにいるのではなく、その暗闇の中で私たちを安全で元気な未来に導くことができるろうそくを灯すためにここにいるのだ。 - 1960年の民主党大会での「The New Frontier」スピーチより We are tied to the ocean. And when we go back to the sea, whether it is to sail or to watch — we are going back from whence we came. 我々は海とは切っても切り離せない関係にあるのだ。 そして、海でセーリングしたり海を見たりするなどして海に行くことは、我々が産まれ来しところへ帰ったことになるのだ。 Those who make peaceful revolution impossible will make violent revolution inevitable. 平和的革命を失敗させる人物は、暴力的革命を不可避のものにする。 - 1962年、ホワイトハウスでのラテンアメリカの外交官への演説 As we express our gratitude, we must never forget that the highest appreciation is not to utter words, but to live by them. 私たちが感謝の気持ちを表す時、最高の感謝とはそれを言葉にすることではなく、その言葉に沿って生きていくことであることを決して忘れないで下さい。 - 1963年サンクスギヴィングデーでの宣言より Physical fitness is not only one of the most important keys to a healthy body, it is the basis of dynamic and creative intellectual activity. 基礎体力は健康的な体の最も重要な点というばかりでなく、精力的で知的な活動の基礎でもある。 - スポーツ・イラストレイテッド誌に寄せたケネディの原稿「Sport at the New Frontier」より We need men who can dream of things that never were. 私たちは、今までになかったものを夢見ることができる人々を必要としている。 A man does what he must — in spite of personal consequences, in spite of obstacles and dangers, and pressures — and that is the basis of all human morality. やらねばならないことをやる。 個人的な不利益があろうとも、障害や危険や圧力があろうとも。 そしてそれが人間倫理の基礎なのだ。 - ケネディの本「Profiles in Courage」より There are risks and costs to a program of action, but they are far less than the long-range risks and costs of comfortable inaction. 行動にはつねに危険や代償が伴う。 しかしそれは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、取るに足らない。 Leadership and learning are indispensable to each other. リーダーシップと学ぶということは、互いに切り離せないものである。 - 1963年11月22日、テキサス州ダラスで発表される予定だったケネディの原稿(暗殺により発表されることはなかった)より Forgive your enemies, but never forget their names. あなたの敵を許しなさい。 だが、その名前は決して忘れるな。 Conformity is the jailer of freedom and the enemy of growth. 従順は自由を奪う看守であり、成長を阻む敵である。 - 1961年の国連総会前の演説より Do not pray for easy lives. Pray to be stronger men. 楽な人生を願い求めるな。 より強い人間になれるように願いなさい。 The ignorance of one voter in a democracy impairs the security of all. 一人の有権者が民主主義に対して無知であることは、あらゆる安全を低下させる。 - ヴァンダービルト大学での演説より The greater our knowledge increases, the greater our ignorance unfolds. 知識が増すほど、われわれの無知が明らかになる。 - ライス大学での演説より Efforts and courage are not enough without purpose and direction. 目的と方針がなければ、努力と勇気は十分ではない。 - ノースカロライナ州ローリーでのスピーチより If we cannot now end our differences, at least we can help make the world safe for diversity. 我々に相違があっても世界が平穏であり続けるように力を注ぐことはできます。 One represents danger and the other represents opportunity. 中国語で書くと、危機という言葉は二つの漢字でできている。 ひとつは危険、もうひとつは好機である。 Our most basic common link is that we all inhabit this planet. We all breathe the same air. 何といっても、我々の最も基本的なつながりは、誰もがこの小さな惑星に住んでいるということにあるのです。 誰もが同じ空気を吸っているのです。 誰もが子供たちの未来を慈しんでいるのです。 - アメリカン大学卒業式における演説「平和のための戦略 THE STRATEGY OF PEACE 」より Mankind must put an end to war, or war will put an end to mankind. 人類は戦争に終止符を打たなければならない。 さもなければ、戦争が人類に終止符を打つことになるだろう。 - 1961年の国連総会前の演説より Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country. 国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい。 私は、幻想を論じたり追い求めたりすることなく、現実をよく見ながら、理想を目指して行動する。 Victory has a thousand fathers, but defeat is an orphan. 勝利には千人の父親がいる。 だが、敗北はひとりでも起こる。 All of us do not have equal talents, but all of us should have an equal opportunity to develop our talents. 我々すべてが等しい才能を持っているわけではない。 しかし、我々すべては才能を伸ばす等しい機会を持つべきだ。 Change is the law of life. And those who look only to the past or the present are certain to miss the future. 変化とは人生の法則である。 過去と現在しか見ない人は、確実に未来を見失う。 - フランクフルト パウロ教会集会場での演説より If a free society cannot help the many who are poor, it cannot save the few who are rich. もし自由社会が、貧しい多数の人々を助けることができなければ、富める少数の人々も守ることができないだろう。 - 1961年1月20日の大統領就任演説より The goal of education is the advancement of knowledge and the dissemination of truth. 教育のゴールは、知識の発展と真実の普及である。 The elusive half-step between middle management and true leadership is grace under pressure. 中間管理職と真のリーダーシップとの微妙な半歩の違いは、プレッシャーの下で優雅さを保てるかどうかだろう。 Confident and unafraid,we must labor on — not toward a strategy of annihilation but toward a strategy of peace. 自信を持って恐れることなく、私たちは努力を続けなければならない。 人類絶滅の戦略に向かってではなく、平和の戦略に向かって。 - アメリカン大学卒業式における演説「平和のための戦略 THE STRATEGY OF PEACE 」より A man may die, nations may rise and fall, but an idea lives on. 人は死に、国は興亡するかもしれない。 しかし思想は生き続ける。 With a good conscience our only sure reward, with history the final judge of our deeds, let us go forth to lead the land we love. 清らかな良心のみを我々の確かな褒賞とし、歴史に我々の行動の最終的な審判をゆだね、我々の愛する国土を導くべく前進しようではないか。 The time to repair the roof is when the sun is shining. 屋根を修理するなら、日が照っているうちに限る。 We must use time as a tool, not as a crutch. われわれは時間を道具のように使わねばいけない。 すがりつく松葉杖としてではなく。 Liberty without learning is always in peril; learning without liberty is always in vain. 学問を伴わぬ自由は危険であり、自由を伴わぬ学問は空虚である。 - ヴァンダービルト大学での演説より Let us never negotiate out of fear. But let us never fear to negotiate. 恐怖から交渉をしてはいけない。 しかしまた、交渉するのを恐れてもいけない。 - 1961年1月20日の大統領就任演説より Our problems are man-made; therefore, they can be solved by man. I believe they can do it again. 私たちが抱える問題は、人間が作り出したものだ。 したがって、人間が解決できる。 人間の理知と精神は、解決不可能と思われることもしばしば解決してきた。 これからもまたそうできると私は信じている。 - アメリカン大学卒業式における演説「平和のための戦略 THE STRATEGY OF PEACE 」より Those who dare to fail miserably can achieve greatly. 思い切って悲惨な失敗をする勇気のある者は、大成功を収め得る。 Only those who dare to fail greatly can ever achieve greatly. 大きな失敗を恐れない者だけが、偉大なことを成し遂げる。 Man is still the most extraordinary computer of all. 人間はやはりもっとも優れたコンピュータである。 Peace is a daily, a weekly, a monthly process, gradually changing opinions, slowly eroding old barriers, quietly building new structures. 平和とは毎日の、毎週の、毎月の、徐々に人々の意見を変え、ゆっくりと古い障壁を排除し、静かに新たな枠組みを作り上げる作業の過程なのです。 - 1963年の国連総会前の演説より Domestic policy can only defeat us; foreign policy can kill us. 内政を誤ればわれわれは敗者になるだけであるが、外交を誤ればわれわれは命を失うことになる。 進歩への最善の道は自由の道です。 Too often we… enjoy the comfort of opinion without the discomfort of thought. 自分の頭で考えることをせず、意見を持ってることで満足してしまうことは多い。 自分の頭で考えないといけない。 - イエール大学での卒業式演説より Now we have a problem in making our power credible, and Vietnam is the place. 我々の力を信用に足るものにすることができなくなっている。 そして、ベトナムがまさにその場所だ。

次の