セガ しくじり 先生。 カズレーザーがセガの「メガドライブ」を徹底解説する「しくじり先生」がAbemaビデオで無料公開! 地上波未公開シーンも

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セガ しくじり 先生

どうしてセガは注目されるのか、目が離せないのか……。 長年のセガファンである記者が考えてみると、二つの理由が浮かび上がった。 1951年に前身となる会社が創業し、1960年に「日本娯楽物産株式会社」が設立。 「セガ1000」という、国産初のジュークボックスを発売し、後にアーケードゲーム事業に参入。 1965年に「セガ・エンタープライゼス」に商号を変更する。 家庭用ゲーム機では、1983年に初めて「SG1000」を発売したのを皮切りに、1985年に「セガ・マークIII」、1988年に「メガドライブ」、1990年に「ゲームギア」、1994年に「セガサターン」、1998年に「ドリームキャスト」と節目節目で新機種を発売。 根強い人気を博するも競合他社とのシェア争いに負け、2001年に家庭用ゲームのハード市場から撤退を表明する。 家庭用ゲームは他社のゲーム機にソフトを供給する事業へと転換し、2004年にパチスロメーカーの「サミー」と経営統合した。 ゲームソフトでは1991年には「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を発売し、ゲーム史に残る人気キャラクター「ソニック」が誕生した。 このほかに「バーチャファイター」「サクラ大戦」「龍が如く」などの人気シリーズを抱え、ファンから支持を得ている。 また、存在感のあるテレビCMを投下。 1997年に放送を開始した「せがた三四郎」や、ドリームキャストの発売前後から登場した「湯川専務」など、インパクトのあるCMを覚えている人も多いはずだ。 例えば、携帯ゲーム機として覇権を握った「ゲームボーイ」(任天堂)はモノクロ液晶を搭載していたが、ゲームボーイの翌年(1990年)にセガが発売した「ゲームギア」には、カラー液晶が搭載されていた。 カラー液晶のゲームボーイ、「ゲームボーイカラー」(任天堂)が発売されたのが1998年だったことからも、いかにセガが時代を先取りしていたことが分かる。 また、1998年に発売されていた「ドリームキャスト」には、本体にネット接続機能が標準装備されていた。 当時は十分にネット環境が整っているとは言えず、ADSLすらない時代だった。 2000年にドリームキャスト向けタイトルとして発売された「ファンタシースターオンライン」は、オンラインRPGとして一時代を築いた。 家庭用ゲーム機ではないが、2011年には「トイレッツ」なるアーケードゲームを発表。 このアーケードは男性用トイレに速度センサーと液晶モニターが設置され、放尿の量や速度で対戦するという代物。 一時期、居酒屋を中心に設置されており、トイレすら遊び場に変えてしまう発想力に、ネットがざわついたのは記憶に新しい。 もちろんゲームソフトでも、時代を先取りしていた。 1993年にアーケードで稼働し、1994年に「セガサターン」向けに移植された「バーチャファイター」は、世界初となる3Dポリゴンの対戦型格闘ゲームだ。 当時のゲームセンターでは、「バーチャファイター」を遊ぶために列ができ、社会現象を巻き起こすほどのブームになった。 1999年に「ドリームキャスト」向けに発売された「シェンムー」では横須賀の町並みを再現。 広大なフィールドを自由に探索できるゲーム性は、オープンワールドゲームの先駆けとなったと言われている。 また前述のファンタシースターオンラインで、初めてオンラインRPGに触れた人も多いはずだ。 先進性がありすぎるゆえに起こる、「悲劇性」も印象的だ。 前述の「ゲームギア」ではカラー液晶を搭載した代償として、消費電力が大きすぎるという問題があった。 単3型アルカリ乾電池6本を使用して、約3時間でバッテリーが切れてしまうのだ。 周辺機器にはACアダプタもあったが、旅先でうっかり長時間遊んでしまうと、セーブする前にバッテリー切れを起こすことがあって、ゲーマーを苦しめた。 昨年12月に放送されたバラエティー番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)でも取り上げられて話題となったが、「メガドライブ」では機能を拡張するための周辺機器を次々と投入。 ROMカートリッジよりも大容量であるCD-ROMに対応するための「メガCD」や、高性能のCPUを搭載した「スーパー32X」が発売されたが、これらをフル装備すると塔のように巨大化し、ファンから「メガドラタワー」と呼ばれる迷走ぶりを見せた。 また「ドリームキャスト」が発売された1998年は前述した通り、ネット接続のインフラがまだ整ってはいない時代だった。 一般的だったダイヤルアップ接続は従量課金制で、遊んだ時間に応じて使用料が膨らんでくる。 夜間から早朝にかけて限定的に定額制となる「テレホーダイ」もあったが、こうした事情も相まって利用者は限定されていた。 セガが早すぎたのか、それとも社会が遅すぎたのか。 いずれにせよ、セガのゲームには「先進性」ゆえに生まれた「悲劇」というストーリーがついて回る。 「悲劇」はつい人に語りたくなるから、ファンはセガに注目してしまい、応援してしまうのだろう。 セガファンとしては、これからもとがった姿勢を崩さず、「時代を先取りしすぎた」ゲームを発表してほしいと願っている。 本記事は「」から提供を受けております。 著作権は提供各社に帰属します。 予めご了承ください。

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カズレーザーさんが「メガドライブ」を徹底解説! 12月16日放送予定の「しくじり先生」はメガドライブ特集!

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どうしてセガは注目されるのか、目が離せないのか……。 長年のセガファンである記者が考えてみると、二つの理由が浮かび上がった。 1951年に前身となる会社が創業し、1960年に「日本娯楽物産株式会社」が設立。 「セガ1000」という、国産初のジュークボックスを発売し、後にアーケードゲーム事業に参入。 1965年に「セガ・エンタープライゼス」に商号を変更する。 家庭用ゲーム機では、1983年に初めて「SG1000」を発売したのを皮切りに、1985年に「セガ・マークIII」、1988年に「メガドライブ」、1990年に「ゲームギア」、1994年に「セガサターン」、1998年に「ドリームキャスト」と節目節目で新機種を発売。 根強い人気を博するも競合他社とのシェア争いに負け、2001年に家庭用ゲームのハード市場から撤退を表明する。 家庭用ゲームは他社のゲーム機にソフトを供給する事業へと転換し、2004年にパチスロメーカーの「サミー」と経営統合した。 ゲームソフトでは1991年には「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を発売し、ゲーム史に残る人気キャラクター「ソニック」が誕生した。 このほかに「バーチャファイター」「サクラ大戦」「龍が如く」などの人気シリーズを抱え、ファンから支持を得ている。 また、存在感のあるテレビCMを投下。 1997年に放送を開始した「せがた三四郎」や、ドリームキャストの発売前後から登場した「湯川専務」など、インパクトのあるCMを覚えている人も多いはずだ。 例えば、携帯ゲーム機として覇権を握った「ゲームボーイ」(任天堂)はモノクロ液晶を搭載していたが、ゲームボーイの翌年(1990年)にセガが発売した「ゲームギア」には、カラー液晶が搭載されていた。 カラー液晶のゲームボーイ、「ゲームボーイカラー」(任天堂)が発売されたのが1998年だったことからも、いかにセガが時代を先取りしていたことが分かる。 また、1998年に発売されていた「ドリームキャスト」には、本体にネット接続機能が標準装備されていた。 当時は十分にネット環境が整っているとは言えず、ADSLすらない時代だった。 2000年にドリームキャスト向けタイトルとして発売された「ファンタシースターオンライン」は、オンラインRPGとして一時代を築いた。 家庭用ゲーム機ではないが、2011年には「トイレッツ」なるアーケードゲームを発表。 このアーケードは男性用トイレに速度センサーと液晶モニターが設置され、放尿の量や速度で対戦するという代物。 一時期、居酒屋を中心に設置されており、トイレすら遊び場に変えてしまう発想力に、ネットがざわついたのは記憶に新しい。 もちろんゲームソフトでも、時代を先取りしていた。 1993年にアーケードで稼働し、1994年に「セガサターン」向けに移植された「バーチャファイター」は、世界初となる3Dポリゴンの対戦型格闘ゲームだ。 当時のゲームセンターでは、「バーチャファイター」を遊ぶために列ができ、社会現象を巻き起こすほどのブームになった。 1999年に「ドリームキャスト」向けに発売された「シェンムー」では横須賀の町並みを再現。 広大なフィールドを自由に探索できるゲーム性は、オープンワールドゲームの先駆けとなったと言われている。 また前述のファンタシースターオンラインで、初めてオンラインRPGに触れた人も多いはずだ。 先進性がありすぎるゆえに起こる、「悲劇性」も印象的だ。 前述の「ゲームギア」ではカラー液晶を搭載した代償として、消費電力が大きすぎるという問題があった。 単3型アルカリ乾電池6本を使用して、約3時間でバッテリーが切れてしまうのだ。 周辺機器にはACアダプタもあったが、旅先でうっかり長時間遊んでしまうと、セーブする前にバッテリー切れを起こすことがあって、ゲーマーを苦しめた。 昨年12月に放送されたバラエティー番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)でも取り上げられて話題となったが、「メガドライブ」では機能を拡張するための周辺機器を次々と投入。 ROMカートリッジよりも大容量であるCD-ROMに対応するための「メガCD」や、高性能のCPUを搭載した「スーパー32X」が発売されたが、これらをフル装備すると塔のように巨大化し、ファンから「メガドラタワー」と呼ばれる迷走ぶりを見せた。 また「ドリームキャスト」が発売された1998年は前述した通り、ネット接続のインフラがまだ整ってはいない時代だった。 一般的だったダイヤルアップ接続は従量課金制で、遊んだ時間に応じて使用料が膨らんでくる。 夜間から早朝にかけて限定的に定額制となる「テレホーダイ」もあったが、こうした事情も相まって利用者は限定されていた。 セガが早すぎたのか、それとも社会が遅すぎたのか。 いずれにせよ、セガのゲームには「先進性」ゆえに生まれた「悲劇」というストーリーがついて回る。 「悲劇」はつい人に語りたくなるから、ファンはセガに注目してしまい、応援してしまうのだろう。 セガファンとしては、これからもとがった姿勢を崩さず、「時代を先取りしすぎた」ゲームを発表してほしいと願っている。

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今夜放送の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」のテーマは“メガドライブ”。カズレーザーさんがセガに直撃取材を敢行

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その前にスーパー32X その前に、スーパー32Xが twitter でトレンド入りしていたようなのでスーパー32Xの話を。 私はスーパー32Xは持っていませんでした。 心情的には買う一歩手前のところまでは行っていたのですけどね。 当時の私は中学生だったので当然お金もなく、セガサターンは高すぎて買えるわけないと最初から諦めモード。 しかしスーパー32Xは値段も安いし、接続先のメガドライブも既に持っている。 しかもセガサターンと同じ32bitCPUを搭載していて、セガサターンのカートリッジタイトル 当時はカートリッジスロットのゲームも出ると思っていた と同じゲームが遊べるものと勝手に思っていました。 そんなわけでスーパー32Xを買おうかどうか、本気で迷っていたのです。 ところが結局のところ、そのスーパー32Xを買うお金もないし、さらにはスーパー32Xを使うにはメガCDが必要と勘違いをしていたので手を出さずに済みました 笑 そして年が明けて翌年高校に入学し、 紆余曲折あり セガサターンを買ったのでした。 ここから本題のドリームキャストのしくじりです。 しくじってないところもいっぱいあるよ しくじりということでイケてなかったところを挙げたわけですけどいいところもいっぱいありましたよ。 セガサターンでの失敗を教訓に海外ではスポーツゲームを充実させました。 バーチャルコンソールやPSアーカイブスのようなサービスはドリームキャストのドリームパスポートが先駆けでしたし、 クラブニンテンドーのような、ソフトに封入されたポイントでグッズを貰えるサービスもドリームキャストが最初にやっていました。 マイクコントローラーや釣りコントローラー、マラカスコントローラーなど色々な体感機器もでました。 シェンムーだって現在の3Dゲームの礎を築いたと言っても過言ではないソフトです。 その名の通り夢のある意欲的なマシンでした。 ということでしくじり先生のドリームキャスト編も楽しみですね。

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