なつぞら 一休さん モデル。 夏空「なつぞら」(朝ドラ)のモデルは実在するの?元ネタはあるの?

岡田将生「なつぞら」での“残念な兄・咲太郎”がハマリ役すぎな私生活!?(2019年7月16日)|BIGLOBEニュース

なつぞら 一休さん モデル

両親を亡くしてからも、なつと千遥(ちはる)のめんどうをみてきた。 なつを柴田家に、千遥を親戚に預けしばらく孤児院で過ごしていたが行方知れずに・・・。 しかし、線路を歩いているときに復員兵に助けられ置屋に売られ、そこの女将さんの養女となる。 現在は17歳。 演じる清原さんは、「あさが来た」に続き朝ドラは、2回目の出演。 なつの母:戸田菜穂 【奥原兄妹の母】 第146回に、なつの母として登場。 料理人だった、なつの父親を支えていた。 演じるのは、1993年朝ドラ『ええにょぼ』でヒロインを務めた戸田菜穂さんです。 柴田牧場の人々 柴田泰樹(たいじゅ):草刈正雄 【愛情深い十勝のガンコ者】 18歳のとき十勝に入植するが、稲作を試すが根付かず、酪農を始める。 男手ひとつで富士子を育てる。 愛情深いが、偏屈で頑固な性格。 演じる草刈さんは、過去には「私の青空」など2作の朝ドラに出演しています。 柴田富士子:松嶋菜々子 【泰樹の長女でなつの母親代わり】 父親譲りで逞しく、芯が強く明るく前向きな性格。 家族では唯一、泰樹に対等の話せる。 家業の酪農製品を使ったお菓子や料理が得意。 演じる松島さんと言えば1996年の朝ドラ「ひまわり」でヒロインを務めていました。 あれから十数年たち今回は、母親役で出演です。 泰樹には気を使っている。 十勝の農協職員。 藤木さんは1999年の朝ドラ「あすか」でヒロインの夫を演じていました。 柴田照男(てるお):清原翔 【長男なつに好意を抱く】 剛男の長男で、父親に似て真面目で責任感が強い。 しかし、仕事の要領が悪い。 戸村悠吉(ゆうきち):小林隆 【頼りになる従業員】 柴田牧場の従業員で、泰樹の右腕的な存在。 穏やかだが、頼りになる存在。 演じる小林隆さんは、2010年の朝ドラ「ゲゲゲの女房」に出演していました。 戸村菊介(きくすけ):音尾琢真 【悠吉の息子で熱いハートを持つ】 悠吉の息子で、いつか牧場を持ち独立する夢を持つ。 なつにとって、頼りになる酪農の先生であり親戚のおじさんのような人。 後に照男の後見人になり柴田牧場の発展に貢献するように。 演じる音尾さんは、北海道旭川出身で、演劇ユニットTEAM NACS所属でもあります。 戸村カナコ:中島亜梨沙(スピンオフに出演) 【菊介の妻】 十勝の酪農家の娘で、菊介の猛アタックによって結婚した。 最近、趣味のフォークギターに夢中になりすぎて家族をないがしろにしておりカナコは不満を持っている。 戸村公恵:川床明日香(スピンオフに出演) 【菊介の娘】 帯広高校の普通科の通う、菊介のひとり娘。 父の影響でフォークソングにはまっている。 両親のぎくしゃくした関係を察し一肌脱ぐ。 砂糖が統制品になるが、ビート(砂糖ダイコン)を使って商品を作り戦後の厳しい時代を乗り切った。 後に柴田牧場のバターや牛乳を使い持ち前のアイデアで創作菓子を作り北海道有数の菓子メーカーへと発展させていく。 小畑妙子(たえこ) :仙道敦子 【雪之助の妻】 おっとりして見える妙子だか、意外にも気の強い姑(とよ)に意見することも。 演じる仙道さんは「おしん」以来の出演となります。 とよ:高畑淳子 【雪之助の母】 気の強い性格で、とてもおしゃべりな性格。 常連客の泰樹にも毒舌攻撃をする。 地元の十勝のことなら何でも知る人物。 演じる高畑敦子さんは、2008年の朝ドラ「つばさ」でヒロインの母親役で出演していました。 農作業の合間にベニヤ板に描く絵は繊細で大胆。 得意なモチーフは躍動感のある馬の絵。 なつが好きだが、なかなか想いを伝えられない。 山田靖枝:大原 櫻子 【天陽の妻】 天陽の結婚相手。 開拓団の娘。 そして、吉沢さんと大原さんは、2013年公開の映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』で共演もされているので、息もピッタリです。 山田正治(せいじ):戸次重幸 【天陽の父で新天地で奮闘する】 戦争で家屋を失い一家で北海道に入植。 しかし農業経験はほとんどなく、開墾は難航する。 その後、泰樹達の助けで人並みに生活できるようになる。 世治を演じる戸次さんは北海道出身。 同じく劇団TEAM NACSの安田顕さん音尾さんと共に物語を盛り上げます。 山田タミ:小林綾子 【正治の妻でおっとりとした性格】 天陽の母親で、東京都育ちのおっとりした性格。 近隣の農家でアルバイトし家計を支えているが、なかなか十勝の暮らしに馴染めない。 演じる小林さんの、海外でも人気の金字塔をうちたてた「おしん」での演技は伝説となっていますね。 「おしん」時のように辛抱強い演技がまた見られるのでしょうか。 絵画の才能があり貧しいながら奨学金を利用して芸術大学で学ぶ。 阿川弥市郎(やいちろう):中原丈雄 【深い森に住む入植者】 十勝の森の中で、木彫りの熊などの民芸品を作っている。 あることがキッカケで娘と二人で十勝にやってきた。 演じる中原さんは、朝ドラ「花子とアン」で父親役で出演されていました。 阿川砂良(さら):北乃きい 【弥市郎のひとり娘】 人気のない森で、弥市郎と二人暮らし。 自ら狩猟などをし父親を支えている。 演じる北野きぃさんは、「純情きらり」でヒロインの姉の少女時代に出演していました。 門倉:板橋駿谷 【農業高校番長】 農業高校のバンカラで、同級生から恐れられている。 なつに好意を寄せ、それが縁で演劇部に入部。 あがり症で、舞台でセリフが飛んだこともある。 演じる板橋さんは朝ドラ初出演。 34歳で高校生役を演じます(笑)。 太田繁吉:千鳥ノブ 【なつが通う農業高校の先生】 ヒロインなつが通う農業高校の先生役で、第16話から登場します。 大清水洋:森崎博之 【農協十勝支庁の支庁長】 十勝支庁・支庁長の大清水洋を演じるのは、安田顕さん、戸次重幸さん、音尾琢真さんに続く、TEAMNACSのメンバー森崎博之さん。 ナレーション 語り: 内村光良 【なつの父目線のナレーションはウッチャン!】 「なつぞら(夏空)」のナレーションは、内村光良さん。 2年連続の紅白総合司会を務めた安定感と優しい語り口でストーリーを進行してくれます。 第9話で なつの父親であることが判明。 元料理人であることも後に分かります。 「なつぞら(夏空)」~十勝編~相関図 「なつぞら なつぞら 」十勝編の 相関図です。 そして、 アニメーターとしての道を切り開くべく東京へと向かいます。 おでん屋「風車」 岸川亜矢美(あやみ) :山口智子 【豪傑なおでん屋の女将】 伝説の劇場であるムーランルージュ新宿屋の元売れっ子ダンサー。 引退後に新宿におでん屋「風車」を開く。 豪傑で明るい性格のおかげか多くの客が集う。 演じる山口智子さんは「純ちゃんの応援歌」でヒロインを演じたことは有名ですよね!今回は、30年ぶりの朝ドラ出演となります。 クラブメランコリー 煙カスミ:戸田恵子 【ムーランルージュ歌い手】 新宿ムーランルージュの歌い手。 劇場の閉鎖の後はクラブ「メランコリー」で歌っている。 亜矢美(山口智子)とは腐れ縁の仲で「風車」の常連客でもある。 演じる戸田さんは、連続テレビ小説「まれ」の「語り」を担当していました。 土間レミ子:藤本沙紀 【煙カスミの付き人】 クラブ「メランコリー」で歌っている煙カスミの付き人。 咲太郎がムーランルージュにいる頃から好き。 演じる藤本沙紀さんは、朝ドラ初出演です。 大型書店・角筈屋(つのはずや) 茂木一貞(もぎかずさだ):リリー・フランキー 【大型書店・角筈屋の社長】 大型書店・角筈屋の社長で、女性とお酒、面白い事をこよなく愛す。 マダム(比嘉愛未)や女将(山口智子)目当てで新宿界隈の店に足を運んでいる。 意外にも、リリーさんは朝ドラ初出演。 自然体の演技で、どんな社長を演じるのか楽しみですね。 劇団「赤い星座」 亀山蘭子(かめやまらんこ):鈴木杏樹 【売れない女優】 劇団「赤い星座」の看板女優。 美貌と演技力もあるのに、いまいち人気が出ない。 映画の仕事もなかったが、ある日、漫画映画の声優として出演し運命が変わる。 鈴木杏樹さんは、2006年に「芋たこなんきん」で、朝ドラ出演しています。 なつの幼なじみ 佐々岡信哉(ささおかのぶや):工藤阿須加 【なつの運命を左右する幼馴染】 戦争で家族を失い奥原家と行動を共にしていたが、離れ離れになる。 まっすぐで心優しい青年。 ある日、突然なつの前に現れる。 演じる工藤さんは2016年「あさが来た」で東柳啓介役を演じていました。 アニメスタジオ・東洋動画の仲間たち 仲努:井浦新 【東洋動画アニメーターのリーダー】 なつの才能を見い出し、アニメーターとしての成長を、温かく見守る東洋動画のリーダー。 演じる井浦新さんは、朝ドラ初出演となります。 最初はヒロインのなつにきつく当たるが、徐々になつと関係を築いていく。 モデルは、実在する女性アニメーター中村和子さんと言われていますが、奇しくも「なつぞら」放送中の8月に亡くなったことが明らかにになっています。 演じる貫地谷さんは、2007年の「ちりとてちん」で主演を務めていました。 坂場一久:中川大志 【東洋動画所属の監督見習い】 東洋動画の監督見習いをしている。 一見とっつきにくい変わり者に見えるが、創世記の日本の漫画映画界で新しいことにどんどん挑戦したいという野心にあふれた人物。 なつとの関係も次第に縮まり…。 モデルは、 高畑勲さん。 そして、演じる中川大志さんは2011年朝ドラ「おひさま」で子役として出演していました。 荒井康助:橋本さとし 【東洋動画テレビ班 制作進行】 日焼け肌にオールバック、アロハシャツの派手ないでたちで、関西弁を話す。 京都の撮影所から東京へ移動してきた人物。 モデルは演出家の矢吹公郎といわれている。 露木重彦:木下ほうか 【東洋映画のベテラン監督】 東洋動画の親会社である東洋映画のベテラン監督。 演じる木下ほうかさんは、朝ドラ「てるてるぼうず」「ゲゲゲの女房」にゲスト出演されたことがあります。 大杉満:角野卓造 【東洋映画社長】 東洋映画社長で、日本アニメ界の仕掛人。 演じる角野さんの過去の朝ドラ出演は、1984年の「心はいつもラムネ色」、1986年「はね駒」以来の久しぶりの出演です。 山川周三郎:古屋隆太 【東洋動画の社長】 厳しいながらも、なつの才能を評価している「東洋動画」の社長。 坂場家 坂場一直:関根勤 【坂場一久の父】 考古学の研究をしている大学教授で、坂場一久の父親。 考古学の話を始めると止まらない。 演じる関根勤さんは、朝ドラ初出演。 坂場サト: 藤田三保子 【坂場一久の母】 かつては師範学校で教師をしていたが、坂場一直との結婚後は専業主婦になる。 演じる藤田さんは、1974年度の朝ドラ「鳩子の海」でヒロインを務めていた女優さんです。 朝ドラ出演は、45年ぶり! 坂場優:増田光桜 【なつと坂場一久の長女】 なつが働くため0歳の頃から、元同僚の茜に預けられている。 演じる浅茅陽子さんは、1976年の朝ドラ「雲のじゅうたん」のヒロイン。 産婦人科医院 高橋秀子:田中裕子 【産婦人科医院の医師】 なつが通う産婦人科医院の医師。 なつの出産の不安を受け止め、母となる瞬間に立ち会う。 演じる女優の田中裕子さんは、日本のテレビドラマ史上最高の視聴率を叩きだした1983年度の朝ドラ「おしん」でヒロインを演じました。 なつが出会う妊婦:藤澤恵麻 【なつが出会う妊婦】 なつが、かかりつけの産婦人科医院の待合室で出会う妊婦。 演じる藤澤恵麻さんは、2004年度前期の朝ドラ「天花」でヒロインを演じ14年ぶりの朝ドラ出演です。 福祉課職員 村川 田中真弓 【福祉課の職員】 保育園を探すなつ(広瀬さん)が出会う福祉課の職員。 演じる田中さんは、「ONE PIECE(ワンピース)」のルフィ役、「天空の城ラピュタ」のパズー役で知られる声優。 本作では、アニメ牛若丸の声でも登場しています。 町田義一:鈴鹿央士 【マコプロの制作進行】 麻子が立ち上げたアニメーション制作会社「マコプロ」の制作担当。 演じる鈴鹿央士(おうじ)さんは、朝ドラ初出演。 鈴鹿央士さんは、実は広瀬すずさんが撮影現場で「身長が高くて(178cm)顔がちっちゃくてかわいらしい子がいる」」とスカウトした逸材。 白本知香子 沢城みゆき 【若手女優】 劇中のアニメーション「大草原の少女ソラ」で声優に初挑戦する若手女優。 演じるのは、鬼太郎役、峰不二子役の声で知られる声優の沢城みゆきさん。 ミルコス食品工業 松武博:大泉洋 【ミルコス社長】 マコプロが手がけた「大草原の少女ソラ」のスポンサー ミルコスの社長。 祖父は開拓者であり創業者。 演じる大泉さんは、北海道出身でTEAM NACS5人の最後のメンバーとして登場。 夕見子の恋人 高山昭治:須藤蓮 【夕見子の駆け落ち相手】 同じ北海道大学に通う。 金持ちの跡継ぎ。 開拓者精神のある泰樹の写真を気に入り、同じように髭をはやしている。 好きな音楽は、モダンジャズ。 演じる須藤さんは、朝ドラ初出演。 五十嵐静:坂井真紀(スピンオフに出演) 【剛男と運命的な縁のある女性】 東京に住むひとりみの女性。 剛男とは運命的な縁があり、あるひ剛男の前にあらわれる。 「なつぞら(夏空)」~新宿編~相関図 「なつぞら 夏空 」~新宿編~の 相関図です。 ドラマタイトルが「なつぞら」なのに詞がかなり冬っぽい仕上がりになってます。 これには理由がありまして、お話をいただいてから何度か十勝を訪ねました。 そこで感じたのは、季節が夏であっても、その夏に至るまでの長い冬を想わずにはいられないということ。 「なつぞら」は厳しい冬を経て、みんなで待ちに待った夏の空、という解釈です。 nhk.

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【なつぞら】ルームメイトのさっちゃんが可愛すぎる!水谷果穂の経歴や画像まとめ!

なつぞら 一休さん モデル

アニメーターとして、かなりの才能がありそうとも思える役ですね。 出演が決まった時の、染谷将太さんのコメントです。 初めての朝ドラ出演が100作という節目の『なつぞら』。 このうれしさをかみしめております。 そしてこの作品の中で神地航也という素敵なキャラクターで生きられることに興奮しながら、日々撮影に挑んでおります。 主人公なつの成長、日本が誇るアニメーション映画を確立させた人々の奮闘、あの時代にしかないきらびやかなエネルギーと活力。 自分もオンエアを見るのが今から楽しみでしかたありません。 nhk. html 子役時代から活動している染谷将太さんですが、「なつぞら」が朝ドラ初出演。 演技の評価が非常に高い方なので、「なつぞら」でも存在感のある役を演じてくれることと思います! 天才的な役柄が、染谷さんにピッタリな気がします。 私も子供が小さい頃は特によく観ていましたが、大人も子供も楽しめるジブリは今でも大好きです! 神地航也の「抜群の画力」「情熱的な性格」は宮崎駿さんの要素も含まれている気がしますね。 そして宮崎駿さん、1つの「画」に対するこだわりもすごいようです。 宮崎さんと高畑さんが特にこだわったのは、水や光を表現する彩色テクニックです。 色がないもの、空中色といわれる水の上の色と水の中の色を、絶妙な色指定によって水があると認識させています。 キャラクターに色を乗せて、光を表現する方法も大きなポイントです。 j-wave. html と、彩色の1つ1つにもこだわる細かさも。 作品を作る方は、頭の中にイメージとして描かれていると思いますが、それをどれだけ上手く表現できるか、というところも、やはり才能の1つ。 妥協するとそこまで!となりますが、妥協をしたくないと言う点で、「なつぞら」神地航也も「歯に衣着せぬ物言いで周囲を圧倒」しているのかなと感じます。 「既成概念にとらわれず豊かな発想」「アニメの表現を革新していく」という役柄も、その後のアニメーションの世界を引っ張っていく大きな存在になりそうな言葉なので、やはり宮崎駿さんがモデルなのでしょう。 研修時代は、トップの成績だったという神地。 短編映画の絵コンテを描き、なつ、坂場、下山、麻子のいる喫茶店まで押しかけてくるという、良い意味での図々しさもあり。 神地の中で、イメージがどんどん湧き上がってきて仕方ないのでしょう。 絵も話も作るのが得意なアニメーターとして、今後大活躍しそうですね。 現在はここまでです。 わかるところから追記していきます。 ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・ 「好きなことは徹底的にやる」という染谷将太さん。 だからこそ、力のある俳優さんに成長したのでしょうね。 今後の染谷将太さんさんのご活躍を期待しています!.

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なつぞら中川大志演じる坂場一久は高畑勲がモデル?実在モデルを調査!

なつぞら 一休さん モデル

誰もが1度は聞いたことがあるであろう「一休さん」。 かつてテレビアニメで放映されたことから有名になっている「一休さん」のモデルとなっているのは、室町時代に活躍した「一休宗純」。 そんな「一休さん」のモデルとなっている「一休宗純」とはいったいどのような人物であったのでしょうか。 幼少期から波乱が起こる 一休宗純は1394年(明徳5年)に京都で誕生。 父は室町時代北朝最後の第6代天皇・後小松天皇、母は伊予の局(つぼね)とされていますが、将軍に敵対していた藤原一族・日野中納言の娘であったことから宮中を追われることとなり、伊予は一休が争いに巻き込まれることを恐れて5歳で臨済宗・安国寺に入れ出家させられることに。 安国寺に入った千菊丸(一休の幼名)は住職・像外集鑑(ぞうがいしゅうかん)に入門・受戒して「周建」と名付けられます。 幼少期から激動の人生を歩むこととなった千菊丸でしたが才能は抜けており、8歳の時には「このはし渡るべからず」、将軍・足利義満に屏風の虎の捕縛を命じられた際には「将軍様、屏風から虎を追い出して下さい」と告げるなど、現代まで伝わる「トンチ話」を残すことに。 少年にして言葉を自在に操る力、頭の回転の速さを見せるとは「早熟の天才」ですね。 少年期から才能を示した千菊丸は「漢詩(中国の伝統的な詩)」を創り出すように。 1406年(応永13年)には13歳で『長門春草』、1408年(応永15年)には15歳で『春衣宿花』を生み出します。 1410年(応永17年)には17歳で西山西金寺の僧・謙翁宗為(けんおうそうい)の弟子となり戒名を「宗純」に改めることに。 一休は謙翁をたいへん慕っていたとされており、1414年(応永21年)に謙翁が他界した時は自ら命を絶とうと瀬田川に入ろうとしたことも。 師匠から授かった「一休」の名 師匠の死から自ら命を絶とうとした一休でしたが助けられ、1415年(応永22年)に京都大徳寺の高僧・華叟宗曇(かそうそうどん)の弟子になると「洞山三頓の棒(どうざんさんとうのぼう)」と呼ばれる公案を出されることに。 これは洞山 とうざん という僧が長い旅の末に雲門禅師の所に着き入門を乞うた話で、禅師の問いに正直に答えたところ「お前を三頓の棒(「一頓」が20発、「三頓」で 60発。 )で叩きのめす」 と言葉を投げ掛けられ、考えながらわからない洞山は翌日も雲門の所へ行き、「私のどこが間違っていたのか」と問うと、雲門は、「江西湖南 禅の盛んな場所 を廻りながら何をしていたのか」と一喝した話。 「正直に答えたにもかかわらず、なぜ打たれるのか」という公案に対し一休が出した答えは「有漏路 うろぢ より無漏路 むろぢ へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」というもの。 ここでの「有漏路」は煩悩にまみれた世界、反対に「無漏路」は煩悩のない世界のことを指し、言葉の意味としては「現世は前世から来世に行くわずかな一休みの間であり、雨が降ろうが風が吹こうが大したことない」というもの。 この答えは師匠を感心させることとなり、華叟より「一休」の道号を授かることに。 師匠からの称号授与を拒否 師匠から「一休」の称号を授かった一休はさらに才能を発揮します。 1420年(応永27年)5月20日の夜、座禅をしていた一休はカラスの鳴く声を聞いて悟りに至ることに。 これに対して師匠・華叟は一休を後継者と認め「印可(いんか。 真言密教で奥義の秘法を師から相承すること)」を授けることに決めますが、これを一休は「馬をつなぐ棒杭と同じで邪魔物」として拒否。 師匠からの申し出を断るというのは「とんでもない」ことに見えますが、一級から見れば「権力なんて知ったことではない、自分にはいらない」ということでしょうか。 こうした「反逆的」な行動に出た一休でしたが僧籍が取り消されることはなく、その後は「狂雲子 きょううんし 」と名乗って活動を行うことに。 一休の「反骨精神」がここから見えていくのでした。 法要に粗末な服装で登場 自らを「狂雲子 きょううんし 」と名乗った一休は、僧侶とは思えないような「パンク精神」全開の行動を見せていきます。 28歳になった1422年(応永29年)には大徳寺7世・言外宗忠(げんがいそうちゅう)の33回忌追悼法要に登場しますが、このときにまとっていたのは粗末な着物。 この行動からやがて「奇人和尚」噂され始めるようになります。 思想は「見てくれでは決まらない」という姿勢を見せようとしていたのでしょうか。 1428年(生長元年)に師匠・華叟が亡くなると「仏教の教理」を説くために近畿一円を説法行脚することに。 「知ってもらうためにはこちらから歩み寄らなければ伝わらない。 お高く止まるな」ということでしょうか。 1437年(永享9年)には師匠・華叟の印可状を渡されながら火中に焼き捨て。 ここでも「信条は曲げない。 俺は権力にすがらない」ところを見せたかったのかもしれません。 ある事件で死を考える 反骨ぶりを見せていた一休に事件が起こるのは1447年(文安4年)。 大徳寺内の派閥争いから僧侶数人が投獄され自ら命を絶つものが現れた事件に落ち込んだ一休は、譲羽山へ向かいここで断食死を試みることに。 一休が命を絶とうとしたのは師匠が他界した時以来で人生2度目のことでしたが、この時は天皇の説得(親書)を受けて思い留まることに。 生き延びた一休は1456年(康正2年)、200年前に臨済宗の高僧・大応国師(南浦紹明(なんぽしょうみょう)ともいう)が創建した妙勝寺を約20年以上かけて修復。 新たに国師の木像を設置して「酬恩庵(しゅうおうあん)」を建立。 この庵は一休が亡くなるまで過ごす場所となり、活動の中心地として多くの文化人が来訪するように。 蓮如との交流・ある女性との出会い 1461年(寛正2年)にはある人物と交流を果たすことになります。 この年蓮如(れんにょ)が営んでいた親鸞200回忌に参列した一休は19歳年下の蓮如と宗派、年の差を超えた親交を持つことに。 このとき一休は「分け登るふもとの道は多けれど同じ高嶺の月をこそ見れ」(真理に向かう道は多くあるが、目指している悟りは同じである)」という一句を残しています。 「考え方は違えど同じ道にいる人間、同じ世界にいるのならいがみ合う意味がない」と考えていたのでしょうね。 そんな一休でしたが1467年(応仁元年)に「応仁の乱」が勃発。 一休は戦火を避けて東山虎丘庵に逃れ、1470年(文明2年)に盲目の旅芸人・森侍者(しんじしゃ)に出会います。 当時の一休は77歳の高齢、森侍者は20代後半と50歳以上の年の差がありましたが、彼女の姿を見た一休は一目ぼれ。 2人は翌年から一休が亡くなるまで酬恩庵で同棲生活を送る関係になります。 一休はこのときの様子を漢詩集『狂雲集』に残しており、「その美しいエクボの寝顔を見ると、腸(はらわた)もはちぎれんばかり。 楊貴妃かくあらん」と表現。 年老いても自身の感じるまま動く姿勢は変わらないですね。 晩年の大仕事・亡くなるまで 晩年に差しかかろうとしていた一休に1474年(文明6年)、天皇からの勅命がやってきます。 1453年(享徳2年)の火災、応仁の乱(1467—77年)で炎上した大徳寺の復興を頼まれたのでした。 この勅命に対して一休は豪商が集まる街・堺へ再建のための寄進を求めて向かい、これに対して豪商や庶民、武士とさまざまな人が協力。 これは堺の街で一休が絶大な人気を誇っていたことから実現したものとされ、一休の「カリスマ性」が実現させたものかもしれませんね。 こうした人々の協力を得た一休は5年後の1479(文明11年)に大徳寺大用庵、如意庵、法堂を建立。 住職になった一休でしたが寺には住まず酬恩庵から通っていました。 権力にすがらず、求められた時に大きな仕事を成し遂げる姿は「一匹狼」のようでもあります。 大仕事を成し遂げた一休は1480(文明12年)、弟子の墨済に命じて自らの像を彫らせ、そこへ抜いた髪や髭を植え付け。 これは「禅僧は髪を剃るもの」という風習に反対する意思を表明するために植えたとされています。 破天荒、型破りな人生を歩んだ一休は1481(文明13年)、87歳でその人生に終止符を打つことに。 一休は生涯を終えるにあたって「一休の禅は、一休にしか解らない」など辞世を残し、臨終の言葉は「死にとうない」。 人生の最後まで「反逆のカリスマ」としての思想を貫いたのでした。 その後葬られた一休の墓は酬恩庵の「慈揚塔」にありますが、一休が天皇の子どもということから宮内庁が「御廟所」として管理、一般の立ち入りや参拝はできないようになっています。 死後にも見える大きな影響力 一休は亡くなる直前、弟子たちに「どうしても困ったときになったら開けなさい」と手紙を残しています。 一級の死から数年後、弟子たちには困った事態が起こり、寺の存亡がかかるほどの問題に。 どのような手を尽くしても解決に向かわず困った弟子たちはついに手紙を開けることに、そこで開けた手紙に書かれていたのは「大丈夫。 心配するな、何とかなる」という言葉。 この言葉を見た弟子たちは唖然として笑い出したとされていますが、この手紙のおかげか問題は無事に解決したとのこと。 その言葉にはしきたりを打ち破り、破天荒な人生を送ってきた一休に備わった本当の「温かさ、やさしさ」が隠されていたのですね。 一休と関係するスポット 一休を開祖として創建「真珠庵」 京都府京都市北区にある「真珠庵(しんじゅあん)」は永享年間(1429年-1441年)に一休宗純を開祖として創建された寺院。 応仁の乱による焼失後の1491年(延徳3年)に堺の豪商・尾和宗臨(おわそうりん)によって再興され、1638年(寛永15年)には京の豪商・後藤益勝(ごとうますかつ)の寄進により方丈が造営されています。 建物内は特別公開時を除いて非公開となっていますが、方丈には室町後期の画家・曾我蛇足(そがじゃそく)や長谷川等伯(はせがわとうはく)の障壁画が現存。 国宝とされている「大燈国師墨蹟(だいとうこくしぼくせき)」は一般に「看経榜(かんきんぼう)」と呼ばれる巻子本で、豪放な書風から鎌倉時代末期の僧・大燈国師(宗峰妙超(しゅうほう みょうちょう)ともいう)の代表作といわれています。 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町52 幼少期にわずかな時間を過ごした「地蔵院」 京都には一休が幼少期を過ごしたとされる場所も残っています。 京都市西京区にある「地蔵院(じぞういん)」は1368年(応安元年)に武将・細川頼之(ほそかわよりゆき)によって創建。 一休宗純は地蔵院の近くの民家で生を受けたのち6歳で出家するまでこの寺で過ごしたとされ、2017年2月には「一休禅師母子像」が境内に建立。 幼くして母と離れなければいけなかった一休の気持ちが像から読み取れるかもしれませんね。 住所:京都府京都市西京区山田北ノ町23 一休が立て直した「大徳寺」 一休が晩年に立て直しを果たした「大徳寺」も現在残っています。 重要文化財に指定された 「勅使門」は慶長年間(1596年 — 1614年)建築の御所門を下賜、1640年(寛永17年)に移築されたもの。 「山門(三門)」は1589年(天正17年)に千利休が上層を完成させ「金毛閣」と名づけられた門で、この門の建設時に豊臣秀吉の怒りを買って利休切腹の原因になった説もあるもの。 1636年に建設された「法堂」は天井に狩野探幽の「雲龍図」が描かれています。 寺院にはは塔頭が24ありますが、多くのものは一般立ち入りが禁止。 塔頭の中で最も古い「龍源院(りょうげんいん)」、戦国時代の武将・大伴宗麟が建立した「瑞峯院(ずいほういん)」、国の名勝となった庭園を持つ「大仙院(だいせんいん)」、武将・細川忠興(ほそかわただおき)と妻・ガラシャの墓がある「高桐院(こうとういん)の4か所は常時公開されています。 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町53 自己主張が重要な現代に見たい生き方 アニメで見られる「一休さん」はどこか柔らかいイメージのある人物は、その実態は確固たる意志をもって生きた「反逆のカリスマ」であったのです。 実在した一休の人生は教科書で触れられることは少ないかもしれませんが、彼の生き方は自己主張が重要になった現代には見ておきたい生き方ではないでしょうか。

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