ピーター ティール。 PayPal創業者ピーター・ティールが語る、日本の弱みとは

ビルダーバーグ会議2020年の参加者メンバーは誰?

ピーター ティール

ピーター・ティールという人物を知っているだろうか。 スタートアップの聖地シリコンバレーで偉大なテクノロジーのパイオニアと崇められており、存命ながら既に伝説となっている人だ。 世界最大のオンライン決済サービスのペイパルを創業し、後に15億ドルで売却。 共同創業者であったティールはそのうち約5500万ドルを手に入れた。 2004年、ペイパル売却で得た資金で新会社パランティア・テクノロジーズを創業した。 データマイニングを行うソフトウェアを開発や、セキュリティに関するソリューションの提供を主要業務とする。 2017年春の時点でパランティアの企業価値は200億ドルに達した。 また、ティールはフェイスブックに対する初の外部投資家としても有名である。 2004年、ドットコムバブルが弾け、多くのベンチャーキャピタリストがフェイスブックのようなBtoCプラットフォームへの投資を避ける中、ティールは50万ドル出資し、株式の10. 2012年5月の株式公開時に1680万株を1株あたり38ドルで売り、それによって6億3800万ドルを得た。 2012年8月、既存株主の売却禁止期間が終わってから彼はその他の持株を3億9580万ドルで売却し、全部で10億3380万ドルを手にして、2017年4月時点でいまだに500万株を保有している。 全体としてティールは50万ドルの投資から17億ドルを得たことになる。 競争するな、とティールは言った ティールは『ゼロ・トゥ・ワン』として伝説となったスタンフォード大学でのスタートアップ講義で、「競争するな」と学生に熱く語った。 「競争は負け犬がするもの。 まわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう」 ティール自身、競争に明け暮れた青年時代を振り返り、あの競争は誤っていたと発言している。 ティールは元々大変な秀才で、小学校から優秀な成績を修めていた。 1985年にサン・マテオ後攻をオールAで卒業し、出願した全ての大学から合格通知がきた。 ハーバード大を含むありとあらゆる一流大学からが来るような神童でもあったが、ティールは「その競争からは幸福感も充実感も得られなかった」と言う。 ちなみにティールは後に、スタンフォード大での講義でハーバード大について以下のように語っている。 「あそこの学生たちはアスペルガー症候群の対局にあります。 やけに外交的で、自分の考えというものを持っていない。 2年間もこういう連中と一緒にいると、群衆本能ばかりが発達し、誤った決断を下すようになってしまいます」 もう少しティールの人生を振り返ってみよう。 秀才ティール君の初めての挫折は25歳のときに訪れた。 1993年、ティールは連邦最高裁判所の面接を受けたときのことである。 連邦最高裁判所の事務官は数万人が応募して、採用されるのはほんの数十人の超エリートコースだった。 面接の手応えはあったが、結果は不採用。 ここでの面接で不採用だったのがティールにとって人生最大の挫折で、人生最高の幸福でもあった。 「あのポストをめぐる競争に勝っていたら、僕の人生はもっと悪いものになっていたでしょう」 と後にティールは語っている。 それからティールはニューヨークに移り、大手法律事務所のサリバン・アンド・クロムウェルに職を得た。 サリバン・アンド・クロムウェルでの勤務時間は週80時間。 正式なパートナーへの昇格を目指し、身を粉にして働いた。 そんなニューヨーク時代をティールは「人生の危機だった」と振り返る。 「外から見ていると、誰もが中に入りたいと憧れるけれど、中に入ると誰もが飛び出したくなるんです」 日本国の銀座コリドー街で幅を利かせるエリートサラリーマン達も似たような苦しみを抱いているのかもしれない。 終わらない残業と苛烈な出世競争に肉体と精神を削られながら、夜中まで明かりが消えないオフィスのように、今日も彼らはコリドーで輝き続けている。 さて、「こんなところにいたらダメぽ」と法律事務所を飛び出したティールは、1993年から96年までニューヨークの投資銀行クレディ・スイスでデリバティブのディーラーとして働いた。 当時の稼ぎは年10万ドルであったが、生活は決して楽ではなかった。 ニューヨークの暮らしは高くついた。 一流の銀行員たるもの、毎日高いスーツを着て、最高級のレストランに通わなければならなかった。 ティールの時代とは異なるが、という記事を見つけた。 ニューヨークの家賃の高さは世界3位。 東京の約1. 5倍の水準である。 こんなところに住んでいては貯まるお金も貯まらない。 死ぬほど働いても家賃で金は溶けて消えていく。 ティールはこの熾烈な競争に息が詰まってしまっていた。 高すぎる生活費と容赦ない競争圧力。 ティールにとってはこれはゼロ・サムゲームだった。 ティールはきっぱりとシリコンバレーに帰る道を選んだ。 それからのインターネット業界でのティールの躍進は冒頭で書いた通りである。 人は無意味な競争に駆り立てられ、目的を見失う 2014年、友人の起業家ティモシー・フェリスのポッドキャスト番組に出演したティールは 「若い頃を振り返ると、僕は不健全なコースを歩んできて、競争に勝つことばかり考えていたのも不健全でした。 そういう人間は、他の人と争う場面ではいい成績を上げますが、陰でたくさんの犠牲を払っているんです」 と語った。 ティールの世界観に決定的な影響を与えたのは、スタンフォード大の教授であった著名フランス人哲学者、ルネ・ジラールである。 ジラールによれば、人間の行動は「模倣」に基づいている。 人間には他人が欲しがるものを欲しがる傾向がある。 したがって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。 ティールはフォーチュン誌のインタビューで以下のように熱弁をふるった。 「摸倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって争う理由なんです。 経済学者たちは競争は利益を置き去りにすると言いますが、これは非常に重要な指摘です。 ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。 競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。 人間は何の意味もないものをめぐって必死に闘い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」 ティールの発言を読みながら、会社での残業競争を思い出した。 会社では 「みんなが帰らないから帰らない」 「忙しいことをアピールし、大変そうに見せる」 みたいな、不毛な熱意のアピール合戦が繰り広げられていた。 ツイッターでも元々は女遊びを楽しんでいた人が、だんだんと周りに影響を受けて「経験人数競争」に身を投じ、果てなき競争に消耗し、つらそうにしている人を見かけたことがある。 競争は人間を疲弊させる。 本来の目的を見失わせ、周りの競争相手を打ち負かすことだけに集中してしまう。 独占を目指せ ティールは「成功の秘訣はない」としながらも、スタートアップを成功に導くためのルールについて語っている。 きみは自分の人生の起業家である• 一つのことを、他の人を寄せつけないほどうまくやろう• きみの人生と会社に、自分と結びつきのある人を的確に配置しよう。 互いに補い合える相手と組もう• 独占をめざそう。 競争からはさっさと身を引き、他社との競合を避けよう• フェイク起業家になるな• ステータスや評判だけを基準にするな。 ステータスに惑わされて下した決断は長続きせず、価値がない• 競争は負け犬がするもの。 まわりの人間を倒すことに夢中になってしまうと、もっと価値があるものを求める長期的な視野が失われてしまう• 「トレンド」は過大評価されがちだ。 最新ホットトレンドに飛びついてはならない• 過去に執着するな。 なぜ失敗したのかすばやく分析し、あとは前を見て、方向を修正していこう• 成功に通じる秘密の道を探そう。 その他大勢がすることを真似してはいけない ティールはスタートアップを成功させるルールについて語っているが、個人の生き方にも応用できるように思う。 大勢が競い合っている場所は魅力的だ。 そこで勝てばモテそうだし、名誉も手に入りそうに見える。 人から「羨ましい」とか「すごい」と言われたい欲求が僕たちを競争に駆り立てる。 「人は完全に摸倣(競争)から逃れることはできない。 でも細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間を大きくリードできる」 とティールが語るように、競争から逃れることはできなくても、それを意識するだけでも他の人たちと差別化が可能だ。 たとえば3、4年前から「機械学習」が一気にブームになり始め、優秀な人たちがこぞって機械学習エンジニアを目指し始めた。 偏差値の高い大学の理系学部を優秀な成績で卒業し、就職後も努力を続けているような人たちと 「おれは機械学習で年収2000万を目指すんだ!」 と意気込んで争ったとしても、自分の活躍できる領域を見つけるのは難しいだろう。 「AI」みたいなホットトレンドに食いつき、過当競争の分野に突っ込んでも自分のバリューは出せない。 かといって「独占できる分野」はどうやって探すの?という話になるのだが、それについてはまた別の記事でも考えたい。 そしてこの記事を読んでくれた読者の方も一緒に考えてみてほしい。 「競争から身を引いて、自分だけの独占的なポジションをどうやって取ればいいか?」 競争しない、独占を目指す、という2つを意識するだけで、大げさに言えば人生のポジション取りが変わってくると思う。

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競争よりも「独占」を ~ピーター・ティール~|TIME&SPACE by KDDI

ピーター ティール

概要 [ ] のフランクフルトに生まれる。 1歳のときに家族とともにアメリカに移住。 少年時代はで過ごしていたこともある。 でを学び、のを取得。 その後に進学し、にの学位を取得する。 にティール・キャピタル・マネジメントを設立。 にはコンフィニティ(後のPayPal)を共同設立し、に15億ドルでに売却するまでを務めた。 eBayがPayPalを買収した後、のクラリウム・キャピタル()を設立。 、データ分析企業パランティア() を立ち上げ、現在までその会長を務める。 同年、初の外部投資家になった。 に保有する株式の大半を売却したものの、現在でも同社の取締役として名を連ねている。 複数のも立ち上げており、にはPayPalの創業メンバーだったケン・ハウェリー、ルーク・ノゼックとファウンダーズ・ファンド()を、にはバラー・ベンチャーズ()を、2012年にはミスリル・キャピタル() を共同設立している。 バラー・ベンチャーズでは会長を務め、ミスリル・キャピタルでは投資委員会委員長を務めている。 また、からのパートナーとして勤務している。 慈善活動や政治的活動にも携わっている。 ティール財団()を通じてブレイクアウト・ラボ()とティール・()を運営し、エリーザー・ユドコウスキーが創設したMIRI(Machine Intelligence Research Institute)、寿命の延長や老化防止を目的とするメトセラ財団やSENS研究財団、海上国家建設を構想するシーステディング研究所、およびその他の投機的な研究をサポートしている。 政治的にはリバタリアンとして知られ、スタンフォード大学時代にを主張する学生新聞『スタンフォード・レビュー( )』を創刊したこともある。 『』によるのゴシップ記事を巡る裁判では、ホーガンに資金援助を行った。 11月には、の政権移行チームのメンバーとなった。 経歴 [ ] 生い立ち [ ] 1967年10月11日に西ドイツので父クラウスと母スザンヌとの間に生まれる。 1歳の時に家族とともにアメリカのに移住。 クラウスは最初その地で化学技術者として働いた。 その後クラウスは複数の鉱山会社で働き、それに伴い転勤を繰り返したため、ピーターは7度にわたる小学校の転校を余儀なくされる。 ピーターとその家族はやそのである南西アフリカ(現)で暮らした後、にに定住する。 少年時代、ティールはに熱中する。 6歳でプレーを始め、には13歳未満のアメリカ人チェス選手の7位にランクインした。 ゲームでは他にも「」をプレイした。 また、を愛読する。 好きな作家はとだった。 作品のファンでもあり、『』は10回以上読んだという。 教育 [ ] 中学時代、ティールはに秀でており、カリフォルニア州全域の数学テストで1位を獲得したこともある。 高校でも優秀な成績を収め、卒業式ではを務めた。 政治的傾向はすでに保守的で、当時の政権の楽観主義とを支持していた。 高校卒業後、スタンフォード大学で哲学を学ぶ。 中でもの理論はティールに大きな影響を与えた。 ジラールによると、人間の欲望は他者の欲望を(ミメーシス)するという性格を持っており、こうした模倣は無意味な競争を引き起こす。 また、競争はいったんそれ自体が目的となると進歩を抑制してしまうとジラールは主張した。 このようなジラールの考えをティールは自身のビジネスと私生活に応用している。 競争すること自体に気を取られてしまう結果、我々は世界で重要な、超越的な、あるいは本当に意味のあるものを見失ってしまうとティールは述べている。 ティール在学時のスタンフォードではとに関する議論が活発だった。 「西洋文化」プログラムは、過度に的であるとの批判を受けて、多様性とを押し進める「文化・思想・価値」コースに取って代えられた。 この取り組みはキャンパスでの論争を引き起こし、の作品を愛読する など保守的でリバタリアン的な思想を強めていたティールが保守系の学生新聞『スタンフォード・レビュー』をに創刊するきっかけとなった。 ティールはに号を取得してスタンフォード大学を卒業する。 その後スタンフォード・ロー・スクールに進学し、1992年に法務博士号を取得した。 初期の職歴 [ ] スタンフォード・ロー・スクールを卒業した後、ティールは合衆国控訴裁判所第11巡回区で裁判官ジェームス・ラリー・エドモンソンのもとの法務事務官として働く。 1年間務めた後、の法務事務官となるためにとの面接を受けたが、採用とはならなかった。 その傍ら、元教育長官ウィリアム・ベネットのスピーチ・ライターを務めた。 1996年にに戻ったティールは、とが目覚しい勢いで発展し、経済を変化させていることに気付く。 そして友人や家族から100万ドルの資金を調達し、ティール・キャピタル・マネジメントを設立。 ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートさせた。 発足当初に友人ルーク・ノゼックのプロジェクトに10万ドルの投資をしたが失敗。 挫折を経験する。 しかし1998年、そのノゼックの友人であると共にコンフィニティ()を創業したことがティールのキャリアを好転させるきっかけとなる。 PayPal [ ] 、コンフィニティが電子決済サービスPayPalを立ち上げる。 その後、PayPalはの金融サービス会社であるX. comとの合併やモバイル商取引を専門とするPixoとの合併を通じて成長を続けた。 までに、PayPalは650万人以上の顧客にサービスを提供し、そのサービスを26か国の消費者と企業に拡大した。 2002年2月に新規(IPO)したPayPalは、その年の10月に15億ドルでeBayに売却された。 ティールが保有していた3. 7%の株式は買収時に5500万ドルの価値となった。 Clarium Capital [ ] ティールは収益の1000万ドルを使用して、通貨、金利、商品、株式の方向性と流動性のある商品に焦点を当てたグローバルマクロであるクラリウムキャピタルマネジメントを作成した。 ティールは「クラリウムで私たちが持っていた大きなマクロ経済的アイデアは、石油資源が世界的になくなるつつり簡単な代替案はないというのがピークオイル理論の定着観念である」 と述べた。 2003年、ティールはが下落するという予想に賭け成果を上げた。 ティールは2004年に、が事実上金融セクターの成長するバブルに移行し、とが脆弱であると特定したと語った。 2005年、ティールはドルが回復すると予測し、クラリウムは57. 1%の収益を上げた。 しかし、クラリウムは2006年に7. 8%の損失で足踏み。 この間、同社は石油ドル分析から、石油供給の差し迫った減少と持続不可能な米国の住宅市場バブルの成長を予測し、長期的に利益を得ようとした。 クラリウムのは2007年に40. 3%の収益を達成した後、2008年までに70億ドルを超えるまで増加したが、金融市場が2009年の初めに崩壊したため減少した。 Palantir [ ] 2003年5月、ティールは、 にちなんで名付けられた分析会社であるPalantir Technologiesを創立。 2020年現在も会長を務めている。 ティールは、同社のアイデアは「PayPalが詐欺と戦うために使用していたアプローチは、テロとの闘いのような他の状況にも適応できる」という認識に基づいていると述べた。 彼はまた、911、米国での議論は「プライバシーを減らしてセキュリティを強化するか、プライバシーを増やしてセキュリティを低下させるか」と述べた。 Palantir社で彼は、政府の諜報機関に、追跡可能でありながら干渉度の最も低いサービスを提供することを目標とした。 Palantir社の最初の支援者はのアームであるIn-Q-Telだったが、同社は着実に成長し、2015年には200億ドルと評価された。 ティールは同社の筆頭株主だった。 Facebook [ ] 詳細は「」を参照 2004年8月、ティールはFacebookに50万ドルの初期投資として10. 2%を出資し、の取締役員となった。 これはFacebookへの最初の外部投資であり、会社の評価額は490万ドルだった。 取締役員としてティールはFacebookの運営に積極的に関与しなかった。 彼はさまざまな資金調達のタイミングを計るのを手伝い、ザッカーバーグは2008年のの前に終了したFacebookの2007シリーズDのタイミングを計るのことに貢献したとティールの功績を認めた。 デイビッド・カークパトリックは彼の著書『Facebook Effect』で、ティールがどのようにしてこの投資を行ったのかを概説している。 当時Facebookの「取締役」とされていた、の創設者の一人であるは投資を求めていた。 ビジネスベースのソーシャルネットワークのCEOであるにアプローチ。 ホフマンはFacebookが好きだったが、利益相反の可能性があるため、リード投資家になることを拒否。 ホフマンは、パーカーを時代から交流のあるティールに紹介した。 ティールはパーカーとフェイスブックの創設者と会見した。 ティールとザッカーバーグの相性は良く、ティールはFacebookのシードラウンド投資を50万ドルで会社の10. 2%で行うことに同意した。 投資は当初、の形で行われ、2004年末までにFacebookが150万人のユーザーに達した場合に株式に変換されるというものだった。 Facebookは目標をわずかに下回ったが、いずれにせよティールは社債を株式に変換することを許可した。 ティールはこの投資について次のように述べている。 私は、彼らがオリジナルのビジョンを追求することに満足していました。 そしてそれは非常に合理的な評価でした。 私は、この投資がかなり安全なものになるだろうと思っていました。 2010年9月、ティールは消費者インターネットセクターの成長の可能性について懐疑的な見方を示しながら、他のインターネット企業と比較して、Facebook(流通市場の評価額が300億ドル)は比較的過小評価されていると主張。 Facebookのは2012年5月で、時価総額はほぼ1000億ドル(1株あたり38ドル)。 その時点でティールは1680万株を6億3800万ドルで売却した。 2012年8月、初期の投資家ロックアウト期間が終了するとすぐに、ティールは残りの株式のほぼすべてを1株あたり19. 27ドルから20. 69ドル、つまり3億9,580万ドルで売却し、総額は10億ドルを超えた。 彼は理事会の議席を維持した。 2016年に彼は100万弱の株を約1億ドルで売却。 2017年11月、彼はさらに160,805株を2,900万ドルで売却し、彼の保有株をFacebookの59,913クラスA株にした。 2020年4月の時点で、彼はFacebookで1万株未満の株を所有していた。 Founders Fund [ ] 2005年、ティールはサンフランシスコを拠点とするファンドであるファウンダーズファンドを設立。 基金のパートナーには、、ケン・ハウリー、ルーク・ノセックなどがいる。 ティールはFacebookに加え、, Slide. com, , , RapLeaf, Geni. com, , , , Powerset, Practice Fusion, MetaMed, Vator, , Palantir Technologies, IronPort, Votizen, Asana, Big Think, CapLinked, , Nanotronics Imaging, Salesforce Work. com Rypple, , , Block. one, , AltSchool. など、多数の新興企業(個人またはファウンダーズファンドを通じて)に初期段階の投資をおこなった。 2017年、ファウンダーズファンドは約1500〜2000万ドル相当のを購入。 2018年1月、同社は投資家に対し、暗号通貨の急増により、保有額は数億ドルに相当すると語った。 また、ティールは、テクノロジーの世界とメディアで武器化のリスクについて懸念の発端となった顔認識テクノロジーのスタートアップであるClearview AIの最初の外部投資家の1人だった。 Valar Ventures [ ] ティールは、Andrew McCormackおよびJames Fitzgeraldと共同設立した国際的なベンチャー企業であるValar Venturesを通じて 、ニュージーランドに本社を置くソフトウェア会社Xeroの初期投資家となった。 Valar Venturesは、ニュージーランドを本拠とする企業であるPacific FiberとBooktrackにも投資した。 Mithril Capital [ ] 2012年6月、『』のにちなんで名付けられたMithril Capital Managementを、ジム・オニールとアジャイ・ロヤンとともに立ち上げた。 クラリウムキャピタルとは異なり、ローンチ時に4億200万ドルのファンドであるMithril Capitalは、スタートアップステージを完了しスケールアップの準備ができている企業をターゲットとしている。 Y Combinator [ ] 2015年3月、ティールは10名のパートタイムパートナーの1人としてに加わった。 2017年11月、Y CombinatorがThielとの関係を断絶したことが報告された。 ビジネスに焦点を合わせた出版物であるQuartz次のように述べている。 「ティールとYコンビネーターの分裂の詳細は不明なままであり、公表されていない変化も意見の相違を浮き彫りにしている。 ティール氏はシリコンバレーで最も率直なトランプ支持者であり、... YCの首脳陣であるサム・アルトマン大統領などのが、トランプによってもたらされた脅威を呼び起こすことを強調したと見られる。 」 フィランソロピー [ ] ティールは彼の慈善活動のほとんどをティール基金を通じて行っている。 研究 [ ] 人工知能 [ ] 2006年、ティールは、Singularity Challengeを支援するためにの開発を推進する非営利組織であるSingularity Institute for Artificial Intelligence(現在はMachine Intelligence Research Institute)に10万ドルのマッチングファンドを提供した。 彼は2007年の寄付活動に40万ドルのマッチングファンドの半分を提供し、2013年の時点でティール基金は100万ドル以上を研究所に寄付した。 さらに、彼は研究所の諮問委員会に参加し、 複数のシンギュラリティー・サミットで講演した。 2009年のシンギュラリティー・サミットで、彼の最大の懸念は、技術的特異点にすぐに到達できないことであると述べた。 2015年12月、の安全な開発を目的とした非営利企業のはティールが財政支援者の1人であることを発表した。 Thielは、2014年初頭に4億ポンドでGoogleに買収された英国の新興企業、にも支援を行った。 抗老化医学 [ ] 2006年9月、ティエル氏は非営利のメトセラ財団を通じて研究を促進するために350万ドルを寄付すると発表しました。 彼は誓約の理由として次のように述べています。 「今世紀の発見の宝庫である生物科学の急速な進歩は、すべての人々の健康と寿命の劇的な改善を含みます。 私は博士を支持しています。 老化研究への彼の革新的なアプローチはこのプロセスを加速し、今日生きている多くの人々が自分自身と彼らの愛する人のために革新的にに長く健康的な生活を楽しむことを可能にします。 」 2017年2月の時点で、彼は財団に700万ドル以上を寄付しました。 「まだ達成していない最も重要な成果は何ですか?」と言うベンチャーアルファウェスト2014カンファレンスのディスカッションパネルのモデレーターの質問に対し、ティール氏はアンチエイジング研究を進歩させたいと述べました。 ティエルはまた、彼が法的に死亡した場合に低温保存の対象となるに登録しており、将来の医療技術によって蘇生されることを期待し、に入会しています。 Seasteading [ ] 2008年4月15日、ティエル氏は、「多様な社会的、政治的、法的システムでの実験と革新を可能にする永続的で自律的な海洋コミュニティを確立すること」を使命とする Patri Friedmanにより新設された非営利団体であるSeasteading Institute に50万ドルを誓約しました。 研究所の会議の1つで、彼はSeasteadingを「人間の自由のための新しい空間を作ると約束されている数少ない技術的フロンティアの1つである」と述べています。 2011年、ティエルはSeasteading Instituteに125万ドルを寄付 しましたが、同じ年に理事会を辞任しました。 ティール氏は、2017年のニューヨークタイムズ紙のインタビューで、海面は「エンジニアリングの観点からは実現不可能」であり、「まだまだ遠い」と語った。 この節のが望まれています。 政治的見解・活動 [ ] ティールは、として知られている。 2016年5月に、彼はアメリカ大統領候補ドナルド・トランプを支持する代議員リストに名前が登載されていることが明らかになった。 ティールは元々はトランプと対立していた(ティー・パーティやキリスト教原理主義者が支持)候補を支持していたが、トランプの娘婿で側近のと知己を得てからはトランプ支持に変わったとされる。 その当時トランプ支持を公言する業界の業界の大物は他に皆無だったが、ティールは批判も恐れず支援した。 その甲斐あって11月には政権移行チームのメンバーに選任された。 科学技術分野の他、財務省、商務省、国防省の人事に一定の影響力を及ぼすものとマス・メディアからは見られた。 トランプ支持の動機としては、これまでのオバマ政権の機能不全と、イラク戦争、シリアへの攻撃など間違った戦争を支持したには大統領の資格がないということを挙げていた。 経済的には、同じ土俵で競争しないという良い意味での「独占」を目指すべきだと主張している。 また、分権化をもたらす的なに対しての技術は的なをもたらすと評している。 を「1940年代の者よりも真実を隠している」と批判し、人工知能の技術をめぐってと協力するは国家への反逆者と主張したことを受けてトランプ大統領はにグーグルへの捜査を求めた。 関連項目 [ ]• 脚注 [ ]• Christine Mai-Duc, , Los Angeles Times July 22, 2016• O'Brien, Jeffrey M. 2007年11月13日. 2016年12月11日閲覧。 トールキン作品に登場する水晶に由来する。 トールキン作品に登場する金属に由来する。 Jordan Novet, , VentureBeat March 10, 2015• 5, edited by R. 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『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』ピーター・ティールがシリコンバレーを離れる日

ピーター ティール

ピーター・ティールはいまやシリコンバレーだけでなく、アメリカでもっとも注目される「思想的リーダー」の一人だ。 ドイツ人ジャーナリスト、トーマス・ラッポルトによるが注目されるのも、この特異な人物をはじめて正面から取り上げたからだろう。 著者のラッポルト自身も複数のインターネット企業を創業し、シリコンバレーでもさまざまなスタートアップに投資しているという。 しかしなによりも、この本を書いたいちばんの動機はティールが自分と同じドイツ人だからだろう(ドイツの出版社からドイツ語で刊行されたのも同じ理由だ)。 ティールはフランクフルトで生まれ、1歳のときに家族とともにアメリカ、クリーヴランドに移住したが、鉱山会社で働く化学エンジニアの父の転勤で幼い頃は南アフリカや南西アフリカ(現ナミビア)で過ごした。 それ以降はアメリカで教育を受けたが、いまでもドイツ語で会話ができるようだ。 本書はラッポルトがさまざまな資料からピーター・ティールの経営戦略や投資術、政治思想を分析したもので、ティール自身にインタビューしているわけではない。 ティールはあまりメディアに登場せず、現在のところ、ジャーナリストからまとまった取材を受けたのは『ニューヨーク・タイムズ』などに寄稿するジョージ・パッカーのに収録されたものだけだ。 パッカーは全米図書賞(ノンフィクション部門)を受賞したこの本で、オプラ・ウィンフリー(テレビ司会者)、サム・ウォルトン(ウォルマート創業者)、コリン・パウエル(元国務長官)などの大物からサブプライム危機によって深刻な影響を被ったフロリダ州タンパの無名のひとたちまで、さまざまな人物の物語によって1978年から2012年までのアメリカの変遷を浮き彫りにしようとしている。 ティールはその主要登場人物の一人で、ここでの記述がその後、ティールの半生を語るときの定番になった。 ピーター・ティールはペイパルの共同創業者であり、トランプ大統領の有力な顧問 ラッポルトは冒頭、「今日のビジネス界でピーター・ティールの名を聴いたことがないという人間がいたら、そいつはまちがいなく三流だ」と宣言する。 ティールは、世界最大のオンライン決済サービス、ペイパルの共同創業者であり、フェイスブック創業期にその可能性に気づいた初の外部投資家であり、CIAやFBIを顧客にもつビッグデータ解析企業パランティアの共同創業者でもある。 雨後の筍のようにスタートアップが出てくるシリコンバレーでも、評価額が10億ドルを超える企業は「ユニコーン」と呼ばれる。 ユニコーンは額に一本の角をもつ伝説の一角獣で、「誰も見たことがない」という意味で使われる。 ところがティールは、ユニコーン企業をはるかに上回る100億ドル、あるいは1000億ドル級のスタートアップに3つもかかわっているのだ。 ペイパルからは、イーロン・マスク(テスラ・モーターズ/スペースX)、リード・ホフマン(リンクトイン)、ジェレミー・ストッペルマン(イェルプ)をはじめ、シリコンバレーを代表する起業家が次々と生まれている。 固い絆で結ばれた彼らは「ペイパル・マフィア」と呼ばれ、ティールがその首領(ドン)だ。 ティールが話題になるのは、ベンチャー起業家やエンジェル投資家としてだけではない。 ティールはスタンフォード大学で哲学を学び、卒業後は法律家を目指したものの挫折し、ニューヨークの虚飾に見切りをつけてベンチャーの道を選んだという、シリコンバレーでは変わった経歴の持ち主だ。 大学時代は保守派の活動家として知られ、「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」を掲げる左派と対立した。 こうした背景から、近年のティールは政治的・思想的な発言でも注目を集めるようになった。 そのインパクトは絶大で、オンライン政治メディアのポリティコはティールを「影の大統領」と名づけた。 大学では文系に進んだものの、子ども時代のティールはアシモフ、ハインライン、アーサー・C・クラークなどのSFに夢中になり、トールキンのを少なくとも10回は読んだSFマニアで、13歳以下のチェス選手権では全米7位にランキングされ、数学とコンピュータの天才として知られていた。 政治的志向は当時からのもので、8年生(中学3年生)の社会の授業でレーガンを支持し、保守派の論客の新聞記事を集め、抽象的論理を信奉し、個人の自由を至高のものとするリバタリアンになったのだという。 起業でもっとも大事なのは「友情」 ウォール街と同じく、シリコンバレーも一攫千金を目指す者たちが鎬を削る弱肉強食の世界だと思われている。 そんななかでティールは、起業でもっとも大事なのは「友情」だという。 「ペイパルの友人たちは特別な絆があります。 あれは実に濃い経験でしたよ。 当時の濃い経験があるからこそ、僕らはいまでも固い絆で結ばれているんです」 ただしここでいう「固い絆」は、たまたま気の合った相手と仲良くなる、という意味での友情とはちがう。 ニューヨークからシリコンバレーに戻ったティールは、スタンフォード大学の客員講師をしていたときに、6名ほどの聴講生の1人でウクライナ生まれのプログラマー、マックス・レフチンと出会う、ティールはこの若者とペイパルを共同創業することになるのだが、二人の「絆」がつくられる様子はとても興味深い。 こちらはパッカーの本から引用しよう。 それから彼ら(ティールとレフチン)は頻繁に会うようになり、難問を出し合いながら互いへの理解を深めていった。 ほとんどが数学の問題だった。 125の100乗は何桁か(210桁)。 ティールが出した難問には、まるいテーブルを想定したこんな問題もあった。 ふたりのプレーヤーがテーブルの好きな場所に1セント硬貨を重ならないように交互に置き、テーブルからはみ出さずに最後の1枚を置いたプレーヤーが勝者となる。 このゲームにおけるもっとも望ましい戦略はどのようなものか。 また、先攻と後攻のどちらを選ぶべきか。 ふたりは難問を出し合うことで、相手がパートナーにふさわしい頭脳の持ち主かどうか互いに品定めしていた。 ある晩、パロアルトのカリフォリニア・アヴェニューのプリンターズ・インク・カフェで繰り広げられた勝負は4、5時間にもおよび、最終的にレフチンでもほんの一部しか解けないような難問をティールが出した。 こうして長時間にわたる勝負の夕べはお開きとなり、ふたりは友情と絆を深めたのだった(後略)。 ティールの有名な言葉に「競争する負け犬になるな」がある。 ティールによれば、競争は利益を減らす敗者の戦略以外のなにものでもない。 もっとも大きな利益をもたらすのは独占であり、そのためには協力こそが最適戦略になる。 ペイパルを創業したティールは、ライバルが追随してくる前にユーザー数で圧倒してデファクト・スタンダードを握ることが成功のカギだとわかっていた。 そのためクレジットカードを登録した新規ユーザーに一律10ドルをキャッシュバックするばかりか、既存ユーザーが「お友だち紹介」するとさらに10ドルをプレゼントする大型キャンペーンを始めたのだが、それでも振り落とせないライバルがいた。 イーロン・マスクという南アフリカ出身の若者が創業したXドットコムがペイパルにきわめてよく似た送金サービスを開発し、倍の20ドルのボーナスをつけてユーザーを急増させていたのだ。 ここでのティールの決断は、いまやシリコンバレーの伝説となっている。 彼は互いに消耗するだけの競争を続けるのではなく、マスクと手を結びWIN-WINの関係になることを選んだのだ。 そのためにはCEOを外部から招聘し、マスクに新会社の会長の座を明け渡すこともいとわなかった。 その後、新会社の経営が混乱したことでマスクは会長の座を解任され、後任にティールが就くことになるが、それでも2人の「友情」は壊れなかった(ティールはマスクのスペースXの有力投資家の一人だ)。 マスクの経歴は、一卵性双生児と見紛うほどにティールとよく似ている。 2人とも早熟の天才(ギフテッド)で、コンピュータ・ゲームとSFに夢中になり、野心にあふれ、学校ではいじめられていた。 そんな2人がお互いに同類だと認め合ったからこそ、「協力」というきわめて困難な、しかしもっとも合理的な解に瞬時に合意できたのだ。

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