郡山 市 浸水。 阿武隈川氾濫で郡山市に甚大な被害!台風19号影響で福島県ツイッターの声

郡山中央工業団地の再開見通せず 加工組み立て型産業など150社以上の設備被害深刻

郡山 市 浸水

台風19号で氾濫した阿武隈川沿いの福島県郡山市安積町日出山地区や同市田村町金屋地区では14日も冠水状態が続き、自衛隊や消防が建物に取り残された人の救助作業を続けた。 長靴をはいた住民が泥かきや、水につかった荷物を運び出すなど片付けに追われたが、午後からは雨が降り出し、住民は不安な表情を浮かべた。 14日昼の時点で、安積町日出山地区の帝京安積高校前の道路は膝上まで水につかるほど水が残った状態。 同校に避難した住民約150人が孤立し、校舎の向かいのマンションにも住民約20人が取り残されていた。 午前5時半ごろから約3時間半、自衛隊や消防隊員がボートで救出作業を続け全員を救出。 同校に避難していた70代の女性は「床上浸水が始まって、これはまずいと思って避難した。 避難所に来て安心していたが、まさか避難所から出られなくなるとは思わなかった……」と言葉を詰まらせた。 田村町金屋地区でも、荷物を取りに一時帰宅する住民が膝まで水につかりながら歩いていた。 友人宅に身を寄せ、布団や着替えを取りに来た男性(45)は「水が引かないと片付けもできない。 休みのうちに終わらせたかったのに」と肩を落とした。

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郡山市3次元浸水ハザードマップ/郡山市公式ウェブサイト

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私は昭和39年に生まれ、以来、大学の4年間と就職後、会津若松市といわき市にあしかけ5年住んだ以外は46年間も郡山市に住んでいる。 その間、大規模災害が幾度となく起こった。 まずは、私が生まれた年に新潟地震があった。 もちろん私が覚えている筈もないが。 そして高校生の時にクリスマス豪雪があって、郡山市内一円が大停電に見舞われた。 文字通りクリスマスキャンドルで一夜を過ごした記憶がある。 その後、平成23年の東日本大震災は別格として、昭和の時代と平成に二度、豪雨被害(1986年の8.5水害と2011年の台風15号)に見舞われ、郡山市の東部地区では大変な洪水による水害被害に遭った。 特に阿武隈川沿いにある田村中央工業団地は水没し、全滅と言っていいほどの被害を受けた。 その記憶と教訓から、逢瀬川では名所だった土手に植えられた数百本もの桜並木を伐採し、護岸と川底掘削工事を行ったばかりだったし、また阿武隈川の氾濫に備え、横塚ポンプ場と古町ポンプ場を設営したり、あるいは橋が冠水し、通行止めに陥った時のために、日大の北側を貫く阿武隈川に新たな橋を架けて、ついこの前開通した矢先のことだった。 915hpという超巨大で猛烈な勢力を誇った今回の台風19号。 その接近に備え、郡山市では品川市長の号令の下、早くから対策本部を設け、事前の準備を進めていた。 しかし、その予測を上回る規模の災害が発生することとなった。 前日の10月12日(土)朝、私は駅前の職場に通常通り勤務した。 その時は小雨程度で風もさほど強くなかった。 いつも駐車する立体式コインパーキングの1階のコインゲートの近くに駐車した。 しかし10時過ぎから風雨が強まり、冠水を心配した私は、傘が裏返るほどの強風と雨の中、靴の中がびしょびしょになりながらもいったんパーキングに戻り、車を1Fから2Fか3Fに移動させようとしたが、あいにく満車で屋上しか空いていなかった。 暴風で吹き飛ばされる恐れがあることから、屋根の下の方が安全と、再び1Fのゲート近くに戻った。 するとJRや福島交通のバスが計画運休を打ち出し、昼過ぎにはほとんどが運休となったことで、駅前は閑散とし、ヨドバシカメラですら、急遽、14時での閉店を決め込んだ。 私の上司が15時を過ぎたらいつでも帰っていいとのお触れを出し、16時には職場を後にし、いつも通り逢瀬川の丁字路をクランク状に左折、右折し、旧4号国道を北へ。 低くなっている磐越西線のガード下をくぐり、ALSOKの交差点から左折して日吉神社の坂を上がって、奥羽大学の手前に出て、自宅がある八山田方面へと向かい、16:30過ぎには帰宅した。 私の自宅は高台にあって川からはかなり離れているため、これまで冠水被害などとは無縁だった。 しかし、この後、よもやあのような災害が郡山市を襲うなどとは予想もしていなかった。 市の防災無線で危険が差し迫っていることを何度も放送し、私の携帯の緊急連絡もまた、警戒レベル4~5の避難指示や阿武隈川や逢瀬川の漏水や氾濫危険情報などが何度ももたらされ、3~4回は緊急避難を知らせるアラームがフルボリュームで鳴り響き、その都度、驚いて血圧が上がる思いだった。 以下、冠水や床上浸水、水没被害が出たところを順不同でお送りし、更には多くのブログやSNSにアップしてある画像をお借りしてここにまとめたい。 <被害がひどかった地区> 阿武隈川沿い・・・水門町、阿久津橋、行合橋、横塚、芳賀、小原田、富久山町周辺、富久山クリーンセンター周辺、R288周辺、大善寺橋、田村工業団地周辺、田村町徳定周辺、安積町荒井周辺、星総合病院、郡山駅北側の地下道、石塚町、石渕、谷田川沿いなど 逢瀬川沿い・・・富久山町梅田、旧国道周辺、うねめ通り、咲田橋、うねめ通り、富久山町久保田、若葉町、赤木周辺 結局は川沿いと道路よりも低い位置にあるマンション、アパート、家屋、駐車場、工場などに浸水被害が集中した。 多くの方々が災害状況をアップしたSNSから引用させていただきます。 画像をクリックすると大きくなります。 <水門町付近> 行合橋を渡って直進したテクノアカデミー入口付近は下り坂で低くなっている。 「ろうきん」も水没した。 東山霊園に墓参に行く際に必ず通る道で、ここは過去、何回も浸水被害に見舞われた場所だ。 <田村工業団地周辺> 左は旧森永乳業跡地に建ったヨークタウンでダイユーエイトやシミズストアが近くにある。 先週この前を通ったばかり。 右は田村工業団地を南北に貫く道路 アンリツ前から通行不能に 右側はパナソニック、宝来屋などがある この工業団地周辺は、これで3度目の冠水、浸水被害となった。 地球温暖化で台風の勢力が強まっている現状で、 阿武隈川沿岸では、いろいろな氾濫防止にために対策を講じてきたが、それを上回る規模の災害が発生してしまった。 <国道49号線周辺> 左上は郡山自動車学校付近の状況で、右上は日大周辺、いずれも道路が川のようになってしまった。 下の画像は田村町だが、住宅街がまるで池の中にあるかのようになってしまった。 <ラウンドワン・横塚周辺> 左はラウンドワンと星総合病院を上空から見たところ。 左右に流れるのは逢瀬川で、その先で合流する一級河川で、本流である阿武隈川が氾濫寸前になったことで、水門を閉じた結果、支流の逢瀬川が氾濫した。 右は夜に撮影したドン・キホーテの駐車場。 全体が冠水してしまっている。 水が引いても泥が溜まり、土埃が舞うため、気管支炎や破傷風などの感染症が心配される。 ラウンドワンから南側は、下り坂のため、行き場を失くした水流はこの辺に集中し、東北本線の地下を東西に貫く地下トンネルは完全に水没し、通行止めとなった。 私は先週、ここを歩いて渡ったばかりだった。 星総合病院でも被害は甚大で、1Fの検査機器が浸水し、使用できなくなった。 あの辺りは、かつて福交ゴルフガーデンで、周辺の中では一番低く、逢瀬川のすぐ南隣りに位置していることから、洪水になった場合には危険だと思っていた。 また、ラウンドワンの東向かいの横塚ポンプ場を備える「浄化センター」もまた水没した。 かつては「薬師堂火葬場」があった場所で、ここも川沿いで低い場所のために、溢れた川の水が流れ込む結果となった。 あの辺にある店舗やアパート、住宅は軒並み床上浸水に見舞われた。 <288号線周辺> 288号線の「サンビックス」と「富久山自動車学校前」。 なんとバスが半分以上水没して放置されていた。 この先の阿武隈川にかかる磐越東線の橋梁ののり面が崩落し、線路が宙ぶらりんとなり、不通に。 運行再開まではかなりの時間を要すると思われる。 今から20年以上も前に、同じような状況に見舞われたが、その際はバスによる代替輸送が1か月近くも続いた。 しかし、そのバスだが、福島交通バスの車庫に駐車してあった車両の半分近くが水没したため、その目途は立たないでいる。 <逢瀬川・旧国道周辺> ラウンドワンから逢瀬川沿いに星総合病院の北側を抜け、福島交通郡山支社(バス車庫)前を通って、4号線に向かう通りは、東北本線や磐越西線のアンダーパスになっていることから浸水被害が酷く、通行止めに。 私が朝夕の通勤で使っている道路だ。 逢瀬川沿いにある福島交通郡山支社のバスターミナルも水没 路線バスへの影響必至。 郡山駅発着の路線バスはしばらく運休の見込み。 私が毎日通勤で通る旧国道 前方に磐越西線のガードが見える 右は上から見た旧国道の磐越西線のガード下周辺 完全に泥水で水没した 左下の画像は深夜の梅田付近の洪水の状況 阿武隈川の小原田二丁目付近で漏水情報が流れ、決壊の恐れが出たため、深夜近くに逢瀬川や谷田川、大滝根川が阿武隈川に流れ込むのを阻止する水門が閉鎖されたことで、行き場を失くした支流が軒並みオーバーフロー(氾濫)し、旧国道沿いを始め富久山町、横塚町、芳賀のあちこちで浸水が発生。 場所によっては1階部分が水没し、それが夜中だったことで、もしかすると寝ている間に浸水し、溺死などで亡くなった方が増える心配も。 <うねめ通り> 「赤木小学校」の前のうねめ通りと右は「Avail」付近。 いずれも阿武隈川の阿久津測候所付近の水門を閉じたことで、行き場を失くした逢瀬川が氾濫し、このありさまに。 店舗などは営業再開まで相当な時間を要する見込み。 市内のところどころの道路に冠水のため発進できなくなった車が放置されている。 水たまりやひざくらいまで冠水している道路に、「通り抜けられるだろう」と安易に突っ込んだ場合、ラジエーター部分に水が入ると一発でエンジンストップとなり、再始動が出来なくなる。 ハイブリッド車は電気系統がダメになり、すぐにストップしてしまう。 絶対に無理に冠水した道に突っ込む行為はやめ、面倒でも迂回路を探してほしい。 youtube動画 <ドローンによる空撮映像> 私ごとだが、13日(日)に自宅から喜久田街道を通って奥羽大学前を通り、踏切を渡って久保田変電所まで来たら、ツルハドラッグから先は通行止めになっていた。 右折して若葉町方面に向かったら、今度は咲田橋の100m手前でふたたび通行止めに。 仕方なく、西部自動車学校まで戻って、内環状線経由で実家まで行った。 行きつけの「シミズストア咲田店」も休業状態となってしまった。 私が訪れた馴染の床屋さんが、実は中心市街地のさくら通りや神明通りを管轄する消防団の団員になっていて、ゆうべはあまり寝ないで、ポンプ車で市内の状況確認に巡回していたという。 夜中に市内あちこちで被害状況を撮影した写メ画像を見せてくれた。 前回の教訓が生かされず、またしても甚大な水害被害に見舞われた。 住む家を追われた方々、車が水没し、買い替えを余儀なくされる被災者が大勢いる。 保険会社もその対応に苦慮することだろう。 しかも郡山市では、大町で30~40代くらいの男性が犠牲になり、また、田村町でも小学生の男の子が川から痛ましい遺体となって発見されるなど、今後、犠牲者が増えるものと思われる。 気象庁の緊急会見やFTVの齋藤気象予報士、各局の天気予報で、繰り返し命を守る行動を呼びかけていたにもかかわらず、通常では災害が起きないと思われている箇所でも死傷者が数多く出た。 阿武隈川も複数個所で氾濫や堤防の決壊が起きた。 福島県内では、14日時点で全国でもっとも多い24名の死者が出て、行方不明者も5名いる。 何が起きるかわからない昨今の気象状況。 地球温暖化がその最たる原因だが、気象のせいにするのではなく、自分の命は自分で守らなければならないことを今回、改めて知らされることとなった。 「ここまでは水は来ないだろう」とか、「避難しなくて大丈夫だろう」という油断や思い込みが命取りになるということを、今回の台風は改めて教えてくれた。 ひとつしかない命。 それを生かすも殺すもあなたの心がけ、行動ひとつにかかっているのだ。 私は昔から、川のそばや裏山がある場所、崖の場所には住まないと決めている。 加えて今回は、河川よりも低い土地には住まないことを学んだし、住むなら2階以上に住むことを再認識した。 今回の災害を教訓に、またこのような多数の人命が失われることが無いように自治体や行政はしっかりとした対策を講じてほしい。 資料「郡山震災アーカイブ」は なお、今回の台風19号の被災記事は緊急掲載しましたが、次回の新出記事の掲載は、前回のお知らせ通り、10月下旬となる予定です。 復旧状況 10月17日(木)郡山駅発着の路線バスが20系統のみ再開 154台のうち90台が浸水被害のため復旧せず) 10月17日(木)午後、郡山駅北側の地下道(東部ガス~ドンキ)の通行止めが解除 反対に、逢瀬川沿いの道路(ラウンドワンおよび星総合病院北側)が通行止めに 管理人様 はじめまして。 更新お疲れ様です。 土曜日は郡山市内の某ホテルに滞在しており、日曜日に起床後窓を開けたら何も変わらない光景が広がっていたので特に被害はないんだなと思っていましたが、各種報道やSNS・掲示板を見て、そして車で市内を走ってとんでもない事になっている事を実感しました。 出張でここ数年、月に1週間程郡山で過ごしては東京に帰るという生活を繰り返しており、いつの間にか第2の故郷のような街になっているので残念で仕方ありません。 特に東側の被害が甚大なようで... 1日も早い復興を願うばかりです。 二次災害の危険もまだ残っております。 どうかお気をつけて。 ・・・・K. さん、初めまして。 コメントありがとうございます。 私が住んでいる駅の西側は被害が少なかったのですが、駅の東側周辺、つまり阿武隈川とその支流が合流する付近では、漏水し、氾濫もあって水没や浸水が酷い状況です。 本当は時間さえあれば、ボランティアに参加したいのですが、仕事があるし、郡山では今日現在、まだボランティアを受け付ける社会福祉協議会がボランティアセンターを開設していないので、何もできない状況です。 ご心配のお心遣い恐縮ですが、私も我が愛する郡山が甚大な被害に遭って心が痛いです。 福島県は全国で最も多い24名の死者が出てしまい、東日本大震災を経験していながら、またこうした大惨事に見舞われてしまったこと、本当に残念です。 (つん) 投稿: K. つんさん、お疲れ様です。 まずは被害に合われた方々に、謹んでお見舞い申し上げます。 今回の被害の甚大さに、つんさんも書いてくださった昔の記憶がよみがえり、言葉を失いました。。。 私の実家は高台なので被害がありませんでしたが、知人宅が水没しましたし、知り合いからも被害のすごさを聞きました。 そして、この場で改めて眼でも確認し、本当に切なくてなりません。 様々な状況の中、微力な私ですが、何か少しでも出来ることがあれば行動したい、と思っています。 改めまして、大変な思いをしていらっしゃる方々にお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。 つんさん、色々と情報をあげてくださってありがとうございました。 みん ・・・みんさん、こんにちは。 お見舞いのお心遣い恐縮です。 台風被害では福島県が死者30人を数え、全国一となってしまいました。 中には小学生の幼い男の子もいて、痛ましい気持ちでいっぱいです。 阿武隈川の決壊を防ぐために、それに流れ込む支流の水門を閉じたことで、オーバーフローしてしまったのが大きな要因です。 しかもそれが夜中だったために、お年寄りが就寝中で、とっさの避難がままならなかったことで、被害を拡大してしまいました。 本宮、郡山は阿武隈川や逢瀬川、いわき市は夏井川が氾濫し、犠牲者が多く出てしまいました。 事前に、あれだけ猛烈な台風であり、早めの避難や行動、準備を勧めていてもです。 震災の教訓も、郡山も2度の浸水被害がありながら、それを上回る規模の自然災害が押し寄せたことで、対策が実りませんでした。 おそらく、今後も、地球温暖化によって、これまでとは桁違いの自然災害が降りかかってくるかもしれません。 私たちにできることは、命を守る行動が先決だと今回、改めて思い知らされました。 (つん) 投稿: みん 今回水害にあわれた方々にお見舞い申し上げると共に、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。 主さんの記事を見ていて、クリスマス豪雪思い出しまた。 田村郡も停電で、蝋燭で過ごした夜と次の日は晴天で、雪かきが大変でした。 そして、郡山に勤めていた時、阿武隈川が氾濫しその川を越えないと自宅に帰れないので、水が引く頃を狙って遅くに帰った事がありました。 私は現在、県外に住んでいるので福島県内のニュースとは違って細かい情報を知ることが出来ませんが、時間が過ぎているたびに被害が大きくなっていくニュースを見て、え?という思いでした。 富久山自動車学校前の写真もえ?でした。 私はそこで免許を取ったので。 たくさんの情報、ありがとうございました。 微力ですが、募金等で協力したいと思います。 ・・・・ひでっちさん、こんにちは。 お久しぶりです。 以前のブログタイトルの際に、コメントをいただいていましたね。 「気ままにブログ三昧」も前ブログ同様、よろしくお願いします。 20日、21日と泊まりで会津出張だったので、返信が遅れてしみません。 郡山が洪水に見舞われたのは今回で3回目です。 その都度、治水対策を講じて来た郡山市でしたが、それをも上回る自然災害に多くの死者、浸水被害を出してしまいました。 私自身も、毎朝、通勤で阿武隈川や逢瀬川沿いの道を通っていますが、未だに道路の両側に使えなくなった家財道具や災害ゴミが並んでいて、その被害の大きさを改めて感じています。 被害に遭われた方々が一日も早く、元気を取り戻し、元の生活に戻れることを願ってやみません。 (つん) 投稿: ひでっち.

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水災害情報図

郡山 市 浸水

福島県郡山市は12日、台風19号で浸水被害を受けた企業が高台にある工業団地に移転する場合に支援する制度をつくると発表した。 水害で大きな被害を受けた郡山中央工業団地などの企業の利用を想定している。 企業の復興を支援すると同時に、郡山から企業が移転するのを防ぐ狙いもある。 また固定資産税と都市計画税の減免は現在の3年間(上限年2千万円)を2年延ばす。 対象は半壊~全壊の罹災(りさい)証明を受けた工場などを市内に持つ企業。 市が販売する郡山西部第一、同第二工業団地の土地を購入する場合に利用できる。 2022年3月末までに土地の購入を契約し、25年3月末までに操業を始めることが条件。 両工業団地は東北自動車道の西側の高台にあり今回の台風でも企業の被害はほとんどなかった。 中央工業団地は阿武隈川やその支流の氾濫で最大2メートル前後浸水し大きな被害が出た。 この団地では1986年にも水害が発生し、今回2度目の被害を受けた企業も多い。

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