マチュピチュ 遺跡。 HIS 絶景「マチュピチュ ペルー」

マチュピチュの歴史と4つの謎!景観豊かな遺跡に秘められた不思議とは?

マチュピチュ 遺跡

10月29日、今日はいよいよ念願のマチュピチュ遺跡へ。 朝もやの中の遺跡を見たくて早朝のバスに乗ることにした。 朝ご飯は4時半に。 宿泊客は誰もいなかったが、地下の食堂にはこの時間でもしっかり朝食が用意されていた。 これがまた美味しい。 昨夜の雑炊のお陰か、ちょと小康状態のタクも少しお腹に入れられた。 が、遺跡の中にはトイレがないのよ。 大丈夫か?! やっぱりペルーの果物はサイコー! ホテルに荷物を預けてチェックアウト。 そうそう、ポコは高山病の薬も忘れずに服用。 タクはコカキャンディーとコカの葉っぱで頑張るしかない。 機内でも履いた着圧ソックスを着用して、小雨降る中バス停へ向かう。 山には霧がかかっていて神秘的な風景に期待が膨らむ。 5時30分。 既にバスを待つ長蛇の列。 100人以上は並んでる。 出遅れたか…と思ったが、バスがどんどん来るので意外と早く乗れる。 並んでる間に遺跡の入場券、バスチケット、パスポートのチェックに来る。 とても手際がいい。 バスもご覧の通り、綺麗。 ガイドブックにはペットボトル禁止と書いていたが、みんな持ってるよ。 あれ~?大丈夫みたいだよ。 こっそり持ってきてよかった~。 バスはジグザグのハイラムビンガムロードをどんどん上っていく。 遺跡入り口に着いたのは6時。 ここでも既に長蛇の列ができてた。 右手の方で旗を持っている人がガイド。 いろんな人がガイドはいらないかと声を掛けてくる。 様子をみていると、なんだかガイドなしでも入れそうな雰囲気なので、ポコ&タクはそのまま入場。 難なくパス出来た! ガイドブックには「ペットボトル、食べ物は持ち込み禁止 水筒はOK)、ガイドを同伴しないと入場できない」と書いてあったが、実際は、ペットボトルOK、パンやバナナを食べている人多数。 長時間歩き回るんだから、やっぱりエネルギー補給は必要だよね。 ポコ&タクは何も食べ物を持ってこなかったから、飴を舐めてしのぐしかない。 ペットボトルとバナナは必須だなぁ!但しゴミは全て持ち帰りましょうね! また、前述の通りガイドなしでも普通に入れる。 グループツアーに入ると、みんなにスピードを合わせないといけないのでかなり大変そう。 顔を真っ赤にしてついて行っている外国のお年寄りもちらほら見かけたよ。 2時間半から3時間で急いで回るので、高齢者にはきっと辛いマチュピチュ遺跡になるのでは?プライベートツアーでも気を遣うだろうし、英語もしくはスペイン語が堪能でなければ、言ってることも全部はわからないだろうし。 特に歳を重ねた人には日本語のガイドブックを見ながらゆっくりマイペースで回ることを強く勧める。 そしてもう一つ。 遺跡は相当数の階段の上り下りがある。 50歳以上の人は事前にアップダウン歩きの練習や階段登りのトレーニングを積んでから来たほうがよさそう。 事前のトレーニングなしでマチュピチュ遺跡に臨んだポコ&タク。 途中で腰が痛くなり休み休み歩くくらい大変だった。 幸い思ったほど脚にダメージがこなかったのは、ポコは着圧ソックス、タクは膝を保護するスパッツを着用したお陰かもしれない。 アラ還には何かしらの対策は必要だ! ところが下を見下ろすと、霧で何も見えないっ!長年楽しみにしてきたマチュピチュ見学なのに…と心底落胆してるタク。 ところが… おっ、 おおおっ~ お~~~見えた~~!!!!!! 数分後、徐々に霧が晴れてきて遺跡が次第に顔を見せ始める。 その神秘的な姿といったら…本当に神の力すら感じる光景が目の前に現れ出てきた。 この光景を見るために午前の部を選び、早朝のバスに乗車したのよ、と得意げなポコ。 でもがっかりしてるタクを前に内心はハラハラしてたの。 そこからはアップダウンの激しい遺跡内を日本から持ってきた日本語のガイドマップを手にゆっくりゆっくり二人で見て回る。 詳しい説明はガイドブックを参照してもらった方がわかりやすいので、ここからは写真だけ載せることにする。 儀式の岩 アンデネス(段々畑) まだ靄の中 市街地入り口 市街地に入ったところ 作業小屋 石切場 聖なる広場 3つの窓の神殿 主神殿 このくぼみにミイラや宝飾品を飾ったらしい インティワタナ 絶好の撮影ポイントのはずが・・ 農業試験場 リャマ君たち 観光のために連れてこられたらしく、本当はもっと涼しい高地にいるはず。 ここは彼らにとって暑いそうだ。 かわいそ~、でもかわい~ 聖なる岩 聖なる力が宿る? ワイナピチュ登山口 この日午前中に登った人は残念ながら殆ど何も見えなかったらしい 3つの入り口の家 時空警察か、はたまたGメン75か ちと怪しい・・・?(笑) この時代に2階建ての家 2階建ての家内部 あちこちで修復作業が行われている コンドルの神殿 上部は牢獄、下部は拷問部屋と言われている コンドルの神殿の隣 こんな大きな岩を加工するなんて気の遠くなる話 ようやく雨が上がり、視界が明瞭になってきた 第1エリアから第5エリアまでは順調に見て回れたんだけど、この後どうやっても最後の第6エリアに行けない( ; ; )。 監視員の女性に聞くと、一旦外に出て入り直せと。 そこで外に出てから再び入場口に行くと 「再入場はできないよ。 もう一回チケットを買ってきて」って。 「えーっ!それならもういいや、帰る」と言ったら、なんと「じゃあ入っていいよ」とすんなりそのまま入れてくれた。 南米の教訓。 <自己主張すべし!あきらめることなかれ!> 一旦退場し、再入場 第6エリア(マチュピチュの中心)へ 奥が王の別荘や王女の宮殿 この頃は汗ばむくらいの気温 同じサイズの石がぴったり組み合わされてる 一枚の岩で階段を作ってる 太陽の神殿と陵墓 マチュピチュで唯一の曲線をもつ神殿 王の別荘の中にある天体観測の石 王女の宮殿(?) 石の大きさが揃っていて、今までより綺麗に組まれている 帰る頃には晴れ渡り、アンデネス 段々畑)がくっきりと! 合計5時間の遺跡見学だった。 最後の第6エリアでは相当ばてていたのか、写真も少なく王の別荘や水洗トイレも撮り忘れ。 左手奥がベルモンドサンクチュアリロッジ 遺跡入り口のすぐ脇にベルモンドサンクチュアリロッジがある。 宿泊するにはお値段も半端なく、予約もなかなかできないらしい。 一応ポコも試しにチェックしてみたが、既に満室だった。 せめてもとランチビュッフェを食べたが、うーん、期待外れだったかなぁ。 普通のビュッフェ。 宿泊しないと本当の良さは味わえないのかもね。 ここでタクは初めてのドンデスタエルバニョ。 5時間もったねぇ。 持たせたねぇ。 その精神力に感服! 遺跡の前にはストリートドッグがわんさかいる。 ワカチナのストリートドッグと同じように、ここの犬たちも穏やかで多くの観光客など我関せずの風情。 人は犬に構うでもなく、犬も人に媚びるでもなく、お互いに淡々と過ごしている。 食後外に出てみると、帰りのバスを待つ長蛇の列。 ペルーレイルに間に合うのかと青くなったが、どんどんバスが来るので余裕を持ってホテルに帰ることができた。 ふと斜面を見下ろすと、ペットボトルやビニール袋が沢山落ちてるのが見えた。 東洋人 日本人じゃないよ)がたばこを吸ってゴミもポイ捨てしてる。 馬鹿野郎だ!残念で悲しい。 発車時刻までホテルのロビーでお茶を飲んで休憩。 再びオリャンタイタンボまでペルーレイルに乗車。 今回はエクスペディションというエコノミータイプの列車で、全て進行方向に座席が向いているとガイドブックには書いていたが、ビスタドームと同じ向かい合わせの4人席だった。 しかし今回はペルー人の屈強なお兄さんが前に二人で会話することもなく、熟睡できたポコ&タク。 16時31分オリャンタイタンボ着。 マチュピチュのホテルでタクシーはクスコ往きだからモトに乗ったらいいと教えてもらったが、一台もモトはいない。 仕方がないのでホテルまで1㎞ほど歩くことにした。 これがモト。 オーナーは合気道をやってたとか、奥さんがペルー人なのでこちらに来たとか、とてもフレンドリー。 ダブルブッキングのためシングルベッド2つの小さな部屋しかないので、他のホテルを紹介しようかと言われたが、ここでOKと言ってしまったことを後に後悔することになる。 そして翌日のクスコまでのタクシーを45ドルで予約する。 部屋は地下にあり、確かに小さいけど可愛らしいお花も飾ってくれてて清潔そうなので荷をほどく。 ところが、シャワー&トイレルームが水浸し。 スタッフの女性に言ったらタオルを持ってきてくれた。 でもしばらくするとタオルもびしょびしょ。 どうやら洗面台の水道から水が漏れているみたい。 荷物もほどいたし、一晩ここで過ごすしかないとあきらめて、街を散策することにした。 ここはオリャンタイタンボ遺跡からすぐそばだけど、既に閉まっていたので下から見上げるのみ。 この時間でも開いてたチョコレート博物館に立ち寄る。 博物館?ただのチョコレート屋さんのような気もするが…だって、5メートル程の棚にチョコレートの原料やチョコレートが並んでるだけだだったんだもん。 そこで何故かあれよあれよという間に子ども達に取り囲まれる。 20人以上いたかな? 「チノ?(中国人)」 「ハポネス! 日本人)」 「えー!!!!日本人初めて見たーーーーー!さわろう、さわろう!」 な、なんかこれ、もしかしてアブナイ?子ども達が居なくなると共にお財布もなくなってるって、アレ? 子ども達は無邪気に「一緒に写真撮ってもいい?」と自分たちのスマホを次々に取り出す。 お店のお姉さんはポコたちに「あはは、お金取ったらいいよ、ひとり1ドルね。 」 愉しくはあったが、長居するのは不安だったので、記念撮影後にすぐに子ども達とはバイバイ。 後で確認したが、貴重品は全て無事だったよ。 蜂蜜入りオレンジジュースがこの上なく美味しい。 マチュピチュパワーと言えば、今日はタクが時計を見る度に7:00、9:00、11:00、2:00とジャストなんだそうだ。 タクの目が少年のように輝いてる(笑) ちゃんと石窯で本格的に焼いてくれるの。 美味しかったよー。 この後、近くの広場から音楽が聞こえてきた。 標高2800mというのにステージの上で男女が激しく歌い踊ってるよー!!ステージ前では観衆も踊ってる踊ってる。 凄いわー! 日本でいう的屋みたいな地元の人達が露店を出していたが、強靭な腸を持つポコでも流石にそれらを食べる勇気はなかった。 明日は予定。 ホテルに帰ってセルフサービスのコカ茶を飲んでおやすみなさい。

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【マチュピチュ遺跡】街から遺跡までの行き方とのんびり遺跡観光。|ゆるゆる旅らいふ

マチュピチュ 遺跡

マチュピチュ遺跡入り口について マチュピチュ遺跡入り口のバス停から入り口はすぐ側にあります。 バス停のすぐ側に『 Belmond Sanctuary Lodge』という高級ホテルがあります。 マチュピチュ遺跡の入口まで数分で行くことができるので、十分な予算があれば、是非とも一度宿泊してみたいホテルです。 標高2400メートルくらいの場所にあるホテルなのにスパがあったり何だりと、1泊10万円前後もするホテルです。 マチュピチュ遺跡の入口の隣には、レストランと小さなお土産屋さんがあります。 マチュピチュ遺跡の隣にあるお店ということなので、なかなかに料金が高いです。 ただせっかく訪れたので、利用してみても良いかと思います。 さらに、上記のように、マチュピチュ遺跡の入口の下には、 トイレがあります。 遺跡の中に入ってからはトイレはないので、必ずトイレを済ませておきましょう。 トイレをするため、マチュピチュ遺跡のチケットさえあれば、出入りすることができますが、意外に距離があるので、時間のロスとなりますし、面倒臭いです。 ちなみに、トイレを利用するために、 1ソルかかります。 スポンサーリンク マチュピチュ遺跡入口からマチュピチュ山登山道までの道のりについて 多少時間がかかっても良いのでトイレを済ませてからマチュピチュ遺跡の入口へ行き、係員の方に遺跡チケットとパスポートを見せて確認を行ってもらい入場していきます。 下記がマチュピチュ遺跡入口からマチュピチュ登山道の入口までの道のりとなります。 距離は、 約700メートルとなります。 標高が高いため、個人差はあると思いますが、 約15分くらいで到着できます。 マチュピチュ遺跡の入口を入ると、舗装されたキレイな歩道となっています。 歩道の壁には色々な銅版が飾られています。 インターネットで事前にマチュピチュ遺跡入口からマチュピチュ山までの道のりを調べておきましたが、マチュピチュ山までの案内板がたくさんあったので、その案内板に従い、歩いて行けば到着できます。 参考までに、下記に案内板の写真を貼り付けてあります。 案内板に従い歩いていると、少しずつマチュピチュ遺跡の光景が広がってきますが、その時期が雨季、そしてその時間帯に雲がたくさんあり、想像していたマチュピチュ遺跡の光景を見ることができませんでした。 雨季の時期だったので、上記のような雲が多い状態、もしくは雨が降る可能性が高いとは思っていました。 ただ予想していたとはいえ、実際にこのような状況になると、かなり落胆します。 自然の力には敵わないですね。 果たして、天候が良くなり雲がはれ、想像していたようなマチュピチュの景色をみることができるのでしょうか? マチュピチュ山の登山道について マチュピチュ遺跡入口から案内板を頼りに約15分ほど歩くと、下記のような入口が見えてきます。 上記の入口には、係員の方がいて、マチュピチュ山のチケットとパスポートの確認が行われます。 登山台帳というのでしょうか? 名前とパスポート番号と時間をノートに記載しました。 そして、下山時に下山時刻をノートに記載することになります。 なお、マチュピチュ山もワイナピチュと同様、入場規制があります。 ただし、400名くらいなので、ワイナピチュよりも多いです。 そして、登山時間も決められているため、登山時間、下山時間を計算して行く必要があります。 僕の場合、比較的に早い時間帯の登山時間帯だったため、マチュピチュ遺跡の見学の前にマチュピチュ山の登山をしました。 次回のブログで詳しくご紹介していきますが、マチュピチュ山の登山は、スタートから標高が高いのでペース配分を考えていかないと想像以上に早く息が切れてきます。 太陽にも近く、日差しも強いので、体力が奪われるのも早いです。 マチュピチュ遺跡入口からマチュピチュ山登山道の入口までの道のりについての情報は、参考になりましたでしょうか? 今回の情報である程度、マチュピチュ遺跡の入口周辺とマチュピチュ山への登山道までの道のりが伝わっていれば幸いです。 次回は、 マチュピチュ山の登山について、ブログを書いていきたいと思います。

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マチュピチュ 遺跡

マチュ・ピチュとは? マチュ・ピチュ (Machu Picchu)とは、 山の頂に佇み、天空にも届くとされる 古代インカ帝国の都市遺跡。 ペルー南東にある街クスコから80kmほど北西に行ったところにあり、聖なる谷とも言われる「ウルバンバ谷」に流れるウルバンバ川を見下ろすように位置しています。 そして「マチュ・ピチュ」という名前は、「 老いた峰」を意味する現地のケチュア語 (インカ帝国における公用語で、今もボリビアとペルーでは公用語の一つ)に由来。 アンデスの山の上に作られたこの都市に住み始めた人々は、年月の流れを静かに見つめる「古老」として捉えていたことが分かります。 そんなマチュピチュは、 15世紀頃にクスコ王国の9代目統治者である皇帝「パチャクテク」のために作られたと言われますが、• なぜ山頂のこの場所に建設されたのか?• 目的は何だったのか?• どのぐらい年代が古いのか? については、専門家の中でも意見が分かれており、あくまでも推測の域を出ていないのが現状です。 一方で、マチュピチュの大部分は都市遺跡として保存されており、観光地としても人気。 鉄道を利用するか、古代インカ道を数日かけてトレッキングすれば辿り着け、観光客はインカ時代の人々の暮らしに思いを馳せることが出来ます。 マチュピチュは見た目以上に驚くべき古代都市遺跡 マチュピチュでは、何キロにもわたって並ぶ150以上もの建物が、完全なる手作業でモルタル (砂とセメントと水とを練り混ぜて作る建築材料)を使わずに接合されて建設されました。 一方、今日のエンジニアが都市計画や建設に使っているようなコンピュータが無い時代であったため、 建設には極めて正確な驚くべき測定技術と事前計画が必要となったと考えられます。 さらに、ガス燃料による機械を使って、何千個もの重たい石を引きずり運び込むことも出来ません。 それにも関わらず、マチュピチュの建物は何百年の間に幾度にも渡る地震に耐えてきたのです。 また、マチュピチュには3000段を超える階段があります。 マチュピチュ遺跡の地形は段々畑状になっていることから、当時はここでトウモロコシの古代種のような作物が栽培され、およそ人口1000人弱分の食糧となっていたと推測されています。 他にも、マチュピチュ遺跡には、• 石造りの家々• 作業場• 入浴場 などもあり、現地の人々の生活が浮かび上がってくるのです。 加えて、石に彫られた蛇やコンドルの彫刻や、鳥の翼を形どって配置されたような大きな巨石群も見つかっており、多くの専門家はこれらをインカの宗教的な信仰を表したものだと考えています。 ちなみに、マチュピチュ遺跡ではこれまでに、100体以上の人骨が発掘されており、発見された人骨の性別は男女同数であったと見られています。 マチュピチュは誰が発見したの? マチュピチュは、アメリカ人歴史家「 ハイラム・ビンガム」によって発見されました。 1900年代初頭、ハイラム・ビンガムは「インカの失われた都市」を発見するための、2年に及ぶ研究プロジェクトを開始。 そして1911年にビンガムは未曽有の探検旅行に出発し、ケチュア族の11歳の少年とチームを組み、ついに、同年の7月24日、史上最高の歴史的発見とも言われるマチュピチュ遺跡を発見したのです。 インカの王族や貴族の避暑地や別荘地であった• 太陽神を祀り、太陽観察をした場所であった• 巡礼地であった などの説がありますが、どちらかと言うと「 宗教的な用途」に用いられたという説が有力になってきています。 (太陽の神殿) 例えば、 マチュピチュには数多くの神殿や天文観測に使われたであろう場所が見つかっており、インカ部族の祖先である太陽神インティを崇拝していたのではないかとされています。 加えて、神殿の構造や碑は、 配列が偶然にしては精巧すぎるため、夏至/冬至、春分/秋分を観測する目的もあったと考えています。 他にも、マチュピチュの遺跡で見つかっている精巧な灌漑システムは、生活用水の供給だけでなく、水路の配置から考えて「 水の流れる音で心を落ち着ける」ことも念頭に造られ、宗教的な用途もあったのではないかと推測されています。 さらに、クスコからマチュピチュへの旅は儀式的な目的( 巡礼目的)があり、その旅の中で マチュピチュは最終目的地としての役割を持っていたのではないかという説もあります。 この説では、視覚的に荘厳な山嶺の道を辿り、最終的に、太陽に近い山の頂きにあるマチュピチュにたどり着くことで宗教的に重要な意味を持たせ、辿り着いた巡礼者を迎えたとされるのです。 とにかく、その具体的な建設目的に関しては未だに謎のままですが、宗教的な目的に建設されたという説が近年では有力な流れになっています。 マチュピチュの謎と不思議2:限定された道具でどうやって建設したのか? これはマチュピチュに関して、最も理解しがたい謎かもしれません。 当時この地域に住んでいたインカの人々は、• 鉄製の道具• 役畜 (農耕や運搬などの労役に用いられる家畜) を使っていませんでした。 そのため、 マチュピチュがどのように作られたのか、はっきりと分かっていないのです (謎が謎を呼び、宇宙人から教えてもらったなんていう説もあるぐらい!)。 インカ人達は、どうやって岩や石の塊を動かしたのでしょうか? また、マチュピチュでは、複雑な泉、水路、噴水からなる水路構造 (非常に優れた水圧の知識が必要とされる)が発見されていますが、彼らはどうやってこれほど精巧な水路システムを作ることが出来たのでしょうか? この点については、まだ十分に説明することが出来ていないのです。 マチュピチュの謎と不思議3:なぜマチュピチュは無傷で残ったのか? スペイン征服者たちがインカ帝国を征服する過程では、たくさんの都市が破壊されました。 しかし、 マチュピチュはほぼ無傷で残っています。 このことに関しても、実は正確な理由が分かっておらず、ちょっとした謎とされています。 ただ、 マチュピチュはその建設場所からして、たどり着くのは簡単ではなく、また、谷に流れる川に沿って歩いたり、その川を船を使って移動する人には、山の上にあるマチュピチュが見えなかったため、これらが恐らく理由ではないかと言われています。 地元の人たちの力を借りてビンガムがマチュピチュを発見したときでさえ、植物がはびこっており、見つけるのに苦労したと言うのが、その発見されにくさを物語っています。 マチュピチュの謎と不思議4:なぜマチュピチュから人がいなくなったのか? この謎を語らずして、マチュピチュについて語ることはできません。 「 なぜ、マチュピチュから人がいなかくなったのか?」に関しては、今日でも確実な答えが出ていないのです。 この問いに関しては、これまで様々な説が提唱されてきました。 例えば、• 1500年代初頭に天然痘が流行してマチュピチュからも人口が減少してしまった• 人口が減ってしまったインカ族たちは、スペインの脅威から逃れるために移動した• 内戦があってマチュピチュを離れざるを得なかった などです。 マチュピチュの謎と不思議5:まだ発見されていないものもあるのでは? そして、マチュピチュの全体像に関してもまだ謎が残っています。 というのも、現在確認されているマチュピチュの遺跡は、当時の都市の全てではなく、実は まだ発見されていない道や遺跡があるのではないかと考えられているから。 実際、今でも考古学者たちによって新しい区画が発見されており、少し前にはテラス構造をした遺跡が新たに一般公開されました。 他にも、マチュピチュの遺跡の中心部から少し離れて散策してみると、分厚い葉っぱの奥に枝分かれした横道があるのに気付きます。 それらはどこへつながっているのでしょうか? まだまだ、マチュピチュ遺跡の全体像は完全に分かっているわけではないのです。 観光へ行くにも知っておきたい!マチュピチュにまつわる3つの知識 マチュピチュの謎や不思議について見てきましたが、最後に、マチュピチュに関する3つの話を紹介していきましょう。 3つのうち2つは観光へ行く際にも参考になると思うので、観光目的の人も確認してみてください。 しかし、これら建造物に使われている石や岩は、 非常に精密に切断され、それぞれが密接に楔止めされているため、全くと言ってよいほど隙間がなく、間にクレジットカードを入れることさえ出来無いほどです。 その結果、 工学的な利点が生まれました。 それは、優れた耐震性を誇るというもの。 ペルーは地震の多い国で、リマとクスコにある多くの建築物が過去に何度も倒壊していますが、 マチュピチュは何百年もの間、多くの地震にあっているにも関わらず、全く倒壊せずにほぼ無傷のままなのです。 ちなみに、マチュピチュにも採用されている建築方法による建造物は、地震が発生すると「 踊る」と言われ、 揺れによって石が跳ねてもその後に元の位置に戻るようになっているらしいです。 (出典:) この博物館では、マチュピチュに関することが色々と紹介されており、ここで知識を付けておけば、マチュピチュを訪れた際にもっと楽しめること間違いなしです。 ちなみに博物館は、マチュピチュへの玄関口とも言われる村「アグアス・カリエンテス」から歩いておよそ45分のところにあります。 ワイナピチュは標高が2720mであるため、ワイナピチュに登ると、標高2430mの マチュピチュをちょうど見下すような感じで上空から見ることが出来るんです。 しかし、ワイナピチュへ上るには、非常に狭い坂道を通っていかなくてはいけないため、 登山可能な人数が1日で400人限定となっている上、200人ずつの二つの時間帯に分けられている点はお忘れなく。 そのため、もしもワイナピチュへ登りたいなら 事前予約をしておいた方が良く、ハイシーズンだと現地で予約するのだと間に合わない可能性もあるので、日にちに余裕を持って予約を入れておいた方が良いでしょう。 ちなみに、ワイナピチュへの登山に関しては、次のページが分かりやすくまとめています。 ちなみに、幸運にもワイナピチュへ登れたのなら、マチュピチュを上空から撮影するだけで帰ってしまわないにするのがおすすめ。 小道を通りワイナ・ピチュの裏側にあるルートを辿って、 月の神殿まで足を延ばしてみましょう。 そこには、ちょっとした洞窟の中に建てられた、月の神殿と呼ばれる歴史を感じさせる石造りの寺院があります。 合わせて読みたい世界雑学記事• 今でも多くの謎を残しており、そのことがまたマチュピチュを魅力的な遺跡にしています。

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