俺ガイル 最終巻。 【俺ガイル】12巻出た!読んだ!そしてネタバレ感想・考察!

【俺ガイル12巻】感想・ネタバレ 由比ヶ浜、幸せになってくれ……|俺の人生二次元に捧げる!

俺ガイル 最終巻

言葉への批判意識 言葉一つじゃ足りねぇよ。 本音も建前も冗談も常套句も全部費やしたって、伝えきれる気がしない。 そんな単純な感情じゃない。 たった一言で伝えられる感情が含まれているのはまちがいない。 けれど、それを一つの枠に押し込めれば嘘になる。 (中略) こんな言葉でわかるわけない。 わからなくていい。 伝わらなくても構わない。 (渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 398より) この 言語への批判意識が、『俺ガイル』の 核心部分だと思います。 疑り深い人は 「言葉」の裏を読みたくなる。 すると人の心理が見えた気がして、その人を「知った」気になる。 そうして人を「知る」と今度は心理だけではなく感情が伝わってくる。 そうするともう「うわべ」だけでは我慢できない。 だからこの終わり方は、結果だけ見れば当然の帰結だとは思います。 しかしここまでの筆致で、リアルな等身大で、絶妙な「青春ラブコメ」を書いた作品が他にあったでしょうか? 私はないと思います。 だから私は『俺ガイル』が本当に素晴らしい作品だと思っています。 今読み終わったところなので、考えもまとまっておらず、一発書きなのですが、いまここで感じていることをメモさせてください。 「言葉」という殺害行為 言語化というのは、基本的に 殺害行為です。 ある感覚、ある感情を言葉にすると、 その感覚や感情はある意味死にます。 例えば、「犬のふわふわした温かみのある触感」と書いたとき、読み手はリアルな毛並みや体温を想像するでしょうが、そこにあった本当の犬の感触を言葉だけで完全に再現することはできません。 そのように、 本当にそこにあったはずのリアルな「感覚」というのは、言葉で完全に再現することは不可能です。 だから言葉はその意味で 「殺害行為」だと言えます。 他にも例えば、「彼と彼女は恋人だ」と言えば、聞き手は各々の想像する 「恋人」という概念にその二人をおしこめるでしょう。 「恋人」は「普通」デートをするとか、キスをするとか、そういう 「恋人」という言葉の枠に二人を当てはめようとするでしょう。 でも、実際には二人はもっと特殊な関係かもしれません。 「普通の恋人たち」のようにデートはしないかもしれない、キスもしないかもしれない、傍から見れば仲が悪く見えるかもしれない…… そういう独自の関係性は、「恋人」という言葉に押し込めた途端に捨象されてしまいます。 関係を名付けてほしくなかった だから、『俺ガイル』では「普通に」告白してほしくなかった。 「普通の恋人」になってほしくなかった。 なぜなら、 『俺ガイル』で求められている「本物」というものは、言葉にできない関係性、言葉にしがたい関係性だと思っていたからです。 端的に言えば、いわゆる「誰々エンド」というのは 全くナンセンスだということです。 なぜなら「誰々エンド」という言葉で語れるくらいの関係が 「本物」のはずないからです。 八幡は絶対にそんな関係を選び取らないからです。 実際、彼らが得た関係はそんな 既存の言葉に簡単に当てはめることのできないものでした。 その証拠として、例えば一色に「お二人はどういう関係になるんですか」と聞かれたときに、「どう、なるんですかね……」、「こういうのは説明が難しいのだけれど……」と 雪乃と八幡が逡巡している場面が挙げられます。 これは照れ隠しなどでは決してなく、 言葉で説明できない関係性だということを2人も自覚していたからだと考えられます。 また、嬉しかったのは 由比ヶ浜もそのような2人の言葉にならない絶妙な関係を察知していたという点です。 由比ヶ浜はラストで「あたしの好きなひとにね、彼女 みたいな感じの人がいるんだけど」と、 「みたいな」と言っていて、彼らの関係が はっきりと「彼女」という言葉にできるものではないと察していると考えられます。 以上のように、 言葉に批判意識をもちながら、言葉にならない関係性を、「本物」を、彼ら彼女らが求めていたということを確認できた点が、最終巻で本当に良かったと思える点でした。 『俺ガイル』は共同体論である 私は『俺ガイル』は 共同体論だと思います。 人と人がどれほどの関係を結べるか、どこまで深く付き合えるか、人と人との間にどれほどの可能性があるのか、それを真摯に探究したのが『俺ガイル』だと思います。 だから、彼ら彼女らが最後まで彼らなりの「本物」を求めていたことが、私にとっては救いでした。 その点で、最終巻は本当に良かったです。 「舞台装置」? それに加えて良かったと思ったのは、陽乃の扱いです。 『俺ガイル』でずっとネックだな、と思っていたのは陽乃の扱いでした。 彼女だけが少し浮いていて、彼女だけがずっと 舞台装置っぽいなという感じがしていたからです。 「舞台装置」というのは、 陽乃が作品の都合のいいように「アンチテーゼ」として利用されていた感が大きかったということです。 しかしそれも最終巻を読み、さらに考察を深めていくことで かなり解消されたように思いました。 人間味のある陽乃 というのは、最終巻ではとくに陽乃が舞台装置ではなく、 一人の人間として機能していたと思ったからです。 「ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るよ。 いつまでたっても終わらない。 わたしが二十年そうやって騙し騙しやってきたからよくわかる……。 そんな偽物みたいな人生を生きてきたの」 (渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 289より) このあたりに陽乃の 人間味が垣間見えていました。 しかし単純に人間味のあるところが描かれたから良かったというわけでもなく、むしろこれで、陽乃の 人間としての「底」がある程度見えてしまったという感じがしなくもありません。 というのは、これだけだと陽乃が 「うわべ」の代表格、あるいは 捻じ曲がったシスコンというふうに読めなくもないからです。 陽乃=「うわべ」の代表・捻じ曲がったシスコン 1. 「うわべ」の代表 「うわべ」の代表格というのは、 『俺ガイル』において陽乃は強化外骨格みたいな「うわべ」を駆使して、「うまくやって」生きてきた人間の代表として描かれているということです(ただもちろん彼女には「裏の顔」もあってそれゆえに彼女は苦悩しているわけですが)。 陽乃は父親の仕事を手伝う過程で、 「うわべ」をうまく使って人と良好な関係を結び、また、その 「うわべ」によって何でもできる「雪ノ下陽乃」像を構築してきたのだと考えられます。 ここにひとつ陽乃の 「底」があります。 つまり、陽乃がそうした「うわべ」だけで生きてきた人間なら、彼女は ある意味で「偽物」の人生を歩んできたわけで、そういう意味で、 陽乃は八幡の言う「本物」に近いものにすら触れたことがないと考えられるからです。 <追記 2020. 14> しかしむしろここに陽乃が「本物」を求める理由があるわけで、このことによって陽乃はより舞台装置ではなく一人の人間として描かれていると今では考えています(詳しくは参照)。 捻じ曲がったシスコン 「捻じ曲がったシスコン」というのは、陽乃が雪乃のためにわざと嫌がるような行動をとり続けているという読み(解釈)のことです。 この解釈では、陽乃には、自分の通る道を綺麗にたどる雪乃を本当にかわいいと思いながらも、 彼女に違う道を歩んでほしいという願いがあった、と読むことができます。 あるいは、「うわべ」の人生しか選べない自分を自己批判し、 それとは違う「本物」を彼女も求めていて、その「本物」の夢を雪乃に託したと読むこともできます。 どちらかというと個人的には、 陽乃も「本物」を心の底で求めていた、そしてその実現を雪乃に託したという読みの方がしっくりくる気がします。 <追記2020. 14> 陽乃の雪乃に対する感情はそんな生半可なものではないように今では思います。 なぜなら陽乃は雪乃に「偽物」の人生を突き付けられると同時に、 いわば自分の人生をまるごと否定されたようなものだからです。 だからここの読みは甘いと今は思います。 これについては追い追いアニメ俺ガイル完の考察とともに記事にするつもりです。 「雪ノ下雪乃の救済」というテーマ 雪ノ下雪乃の救済というのが後期『俺ガイル』のテーマでした。 「救済」というのは、9巻で 「いつか、私を助けてね」という雪乃のセリフに起因しています。 「いつか、私を助けてね」とはどういうことか そもそも「助けて」とはどういうことかというと、 依存してしまう自立できない私を助けてねということです(もちろん助けを他者に求めてしまう時点でむしろ依存しているわけですが)。 雪乃が依存体質であることは13巻でも陽乃から指摘がありましたが、1巻から雪乃はそのような面を見せていました。 というより、それこそが 雪乃が奉仕部を創った理由だと考えられます。 雪乃が奉仕部を創った理由 そもそもなんで雪乃が奉仕部を創ったかというと、 依存せず自立したいからだと考えられます。 ただそれはいわば隠された理由(はっきりと書かれてはいない理由)であって、彼女が言葉で言っている理由は違います。 彼女が口で言っていた理由は、「持っているもの」が損をする世界はおかしいから、 「変えるのよ、人ごと、この世界を」というものでした。 ではどういうふうに変えるかというと、 魚の獲り方が分からない人=自立できていない人に、 「魚の獲り方を教える」というやり方で「自立」をうながすのでした。 つまりみんなが 「自立」して、皆が 「持っているもの」に近くなる世界を目指していたわけです。 「持っていない」 ただそれは、 雪乃がある意味で「持っていない」ことの裏返しだと考えられます。 たしかに雪乃は何でもできます。 勉強もスポーツも、容姿も端麗。 そういう意味では「持っている」人間です。 しかし、それは 「依存」の延長線上として得てきたものです。 というのはそれらは 誰かに与えられたものを完璧にやり遂げて得たものにすぎないからです。 では誰が救われたかったのか この点で雪乃は「自立」できていないと言えます。 しかしだからこそ雪乃は奉仕部を立ち上げたと考えられます。 すなわち、雪乃は誰かから与えられたことを完璧にこなすのではなく、 自分から主体的に何かを成し遂げる経験をするために奉仕部を立ち上げたと考えられるのです。 したがって、 人に「自立」をうながしながら、本当に「自立」したかったのは雪乃の方だったのではないでしょうか。 人に救いの手を差し伸べておきながら、本当に救われたかったのは雪乃自身だったのではないでしょうか。 「別のものが欲しかった」 おそらく、生まれてからずっとなんでも完璧にこなしてきた雪乃は、それでも常に自分の上をいって何でもそつなくこなす 陽乃に コンプレックスを抱いていたのでしょう。 というよりも、 陽乃に自分のアイデンティティを奪われてきた(消されてきた)という言い方の方が正確かもしれません。 完璧にやる陽乃がいる、親から必要とされているのは陽乃だ、では自分(雪乃)の居場所はどこにあるのか……と、雪乃はそう考えていたのではないでしょうか。 そうして彼女は 「なんで私はそれを持っていないんだろうって、持っていない自分に失望」した。 だから、「別のものが欲しかった」。 そして雪乃は奉仕部を創った。 姉が持っておらず、自分だけが持っている、 雪乃自身のアイデンティティ、それが 奉仕部だったのではないでしょうか。 そのように奉仕部は、 雪乃が自立してできるのだということを示す証のようなものだったと考えられます。 救済は果たされたか? だから、 雪乃が最後に救済されるのか? ということが『俺ガイル』の1つの大きなテーマでした。 雪ノ下雪乃は「自立」という奉仕部設立当初の目的を達成出来たのか、それが1つの大きなテーマだったわけです。 では14巻で雪乃は「救われた」でしょうか? 私は 救われたと思います。 というのは、 雪乃は彼女の意志で父親の仕事を手伝いたいということを伝えたし、また、 八幡を選ぶという選択もしたからです。 父親の仕事を手伝うというのは、一見陽乃の後追いのようにも思えますが、これは 雪乃の意志だと解釈してよいのではないでしょうか。 というのは別に誰にそうなれと言われたのでもなく、彼女自身が言ったことだからです。 それよりも、「わからない」といっていた雪乃が八幡を自分で選択し、そのことを由比ヶ浜にきちんと自ら打ち明けたことは、 明確な「自立」(誰から与えられたわけでない主体的な選択)と言ってもよいのではないでしょうか。 これも一見すると、雪乃が八幡への依存を深めたように見えるのですが、「ちゃんと言うわ」と自ら気持ちを口にする選択は、依存ではないでしょう。 以上のことから、雪ノ下雪乃の救済という大きなテーマは果たされたと、今のところ私は考えています。 <追記>ここの読みは甘かったと思います。 雪乃は一時的に「救われた」に過ぎないというのが今の読みです。 <追記2019. 26>俺ガイルの結末にある意味絶望している話 わけあって、俺ガイルの結末に絶望しています。 詳しくは以下のツイートをご覧ください。 相変わらず俺ガイルの感想を見たり聞いたりしているのですが、14巻で八幡が本物を見つけたという解釈は、私の解釈から言うと絶対に違うのではないかなと思いました。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 私は「本物」は、そこに究極的に近づくことはできても原理的には到達不可能なものだと思っていて、八幡が最後にたどり着いた雪乃との関係性は、あくまで「本物」までの一過程にすぎないと考えています。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 何も言わなくても分かり合える、その関係性の一形態として、八幡は雪乃の人生を歪める許可をとろうとした。 人生を分け合った。 でもそれはそれでしかなくて、それが「本物」の到達ではない。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 大事なのはむしろその後で、その人生を分け合った関係性で、果たして「本物」に近づけるのかということ。 場合によってはその関係性は、人生を歪められた挙句他者に依存してしまう、まさに「共依存」のような関係へと堕ちてしまうこともあるだろう。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail そしてもちろん場合によってはうまく関係を構築して、「本物」に近づくこともできるだろう。 でも問題は、その「うまく関係を構築する」というのはどういうことかということ。 「本物」に近づくには果たしてどういう関係をもてばいいのかということ。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail ここに、私にはある種の絶望があって、「本物」を担保するものなんてあるのか、ひいては「本物なんてあるのだろうか……?」という疑問にたち戻らざるを得なくなった。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 「本物」なんて、あるのだろうか。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail まとめると八幡たちは「本物」に到達したわけではなく、その途上であるということに気が付いたので、そこにある種の絶望があるという話なのです。 しかしその経過が見事なのであって、またその経過自体を「青春」と名付けることもできるでしょう。 問題はやはりでは「本物」を求めた先に、14巻で八幡と雪乃がたどり着いたその先に何があるのかということです。 例えば人は「恋人」のように親密になっていろいろなことを知った後に互いを嫌いになるということもあるわけで、もちろん八幡と雪乃は「恋人」ではないのですが、では彼らが結んだある種の関係の先にももっと多くの困難が横たわっているのではないかということは思わざるを得ないということです。 終わりの始まり もしも言葉がなかったら、私たちはどういう存在になっているのだろうか。 言葉のおかげで私たちは、現にあるような存在になっている。 言葉だけが、限界で、もはや言葉が通用しなくなる至高の瞬間を明示するのである。 (ジョルジュ・バタイユ『エロティシズム』酒井健 訳 ちくま学芸文庫,2004 p. 470) いささか大げさかもしれませんが、『俺ガイル』はこれに非常に近いところまでいったと思います。 言葉は無力です。 言葉には限界があります。 しかし 言葉はそれが表現しようとするところに究極まで近づき、その当のものを指し示すことができます。 そこに言葉の力があります。 『俺ガイル』が「本物」という言葉で語ろうとしていたことは、そのようなものなのではないでしょうか。 <追記> 後から見返すとかなり甘いところもあったように思います。 甘いところはアニメ3期1話ごとに考察を書きながら、さらに深く考えていきたいと思います。 <俺ガイルの記事一覧> ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・.

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やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

俺ガイル 最終巻

「や、やっはろー」 俺ガイル14巻、読みたいような、、でも読みたくなくないような複雑な気持ちで読み進めました。。。。 終わってしまうって、勿体ないですよねぇ。 いやー、ついに、長い長い、約9年間、、物語が終わりました、、、 俺ガイル、完、って、感じです。 っべーですよね。 っべー。 まじっべーわー。 本来であれば、感想・考察は、論理的にロジカルシンキングしたいところはありますが、 感情的に、エモショーナルライティングを書いていきたいと思います。 (何回書くのよ)• ちょっと、もう、読むまで待ちきれないあなた。 読了の余韻に浸りたいぼっちのあなた。 お金が無くて買えなかったあなたへ。 じんわりネタバレ&ふりかえりをしていきますよ。 ちなみに僕は、海老名さん推しですが、腐女子感ゼロで、ワーストバイというかんじでした。。 比企谷、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜、3人の恋の結末は、、、【ネタバレ】 結末からいうと、 とが結ばれます。 どちらかを選ぶという、物語の構成上しかたないのですが、結局比企谷は素直に「好き」という簡単な言葉が出てきませんでしたねぇ。 言葉を尽くして、こねくり回して、回りくどく陰湿なやり方しかできないのが八幡であり、彼の最大の魅力であり、ボッチの理想形であり、不器用の教科書なのですからね。 そこが八幡的にポイントが高いのかもしれませんが、小町的にはポイント減点でしょうね。 小学館なので、ある程度、青春の爽やかな部分がないと、会社的には悪評が立つので、ドロドロの三角関係は無かったですね。 結ばれた2人は、いいんですよ。 で、 本当、胸が痛くなるのは、由比ヶ浜ですよ。 あれだけ3人で過ごしてきた1年間の結果、雪ノ下にヒッキーを持っていかれたわけですからね。 でも単に、雪ノ下を憎める訳ではなく、「全部欲しい」と願った代償なのかもしれません。 ヒッキーの気持ちが自分だけに向けられたものじゃない事は、 友人として、奉仕部としての活動が、男子と女子の関係になるのは必然ですよ。 結ばれない人が必ず出てくるわけで、、ね。 ただ、そこは由比ヶ浜も、苦虫を噛みながら独りで泣いているわけですよ。 ここが、本当に読んでいて、男泣きしましたよ。 辛かったです。 以下ガハマの独白です。 引用 涙は流れなかった。 もうたくさん泣いたから。 でも、やっぱり言葉は出ない。 言葉なんて出ない。 好きだなんて、たった一言じゃ言えない。 それ以前の話で、それ以上の問題で、それどころじゃない感情だ。 あたしは、あたしたちは、初めて本当に恋をした。 引用:やはり俺の青春ラブコメは間違っている14巻 切ない、、。 本当にラブコメでしょうか? 結局、彼女の願いは彼女の願いを叶えることで、彼女の願いは雲散霧消してアオハルは爆発する 1年間続いた奉仕部の勝負の結果、「負けた人が勝った人の言うことを何でも聞く」というルールがあった。 そして、9年間、着々と勝負を繰り返した結果、八幡が負け、雪ノ下の勝ちということになった。 そして、雪ノ下の願いは「由比ヶ浜の願いを叶えてあげて」ということ。 そして、由比ヶ浜の願いは、沢山あった。 プロムを手伝うこと• 打ち上げをすること(犠プロム企画メンバー達で)• 小町ちゃんの入学のお祝いをすること でも、由比ヶ浜の本当に最後の願いはこうだった。 「私のお願いはね、ずっと前から決まっているの」 「・・・全部欲しい」 「だからこんななんでもない放課後に、ゆきのんがいてほしい。 ヒッキーとゆきのんがいるところにわたしもいたいって思う」 引用:やはり俺の青春ラブコメは間違っている14巻 そして、比企谷は「難易度が高いがやってみる」と言って、実行に移す。 比企谷は、本当に捻くれているし、拗らせている。 比企谷がピッチャーをするなら、変化球しかなく、決め球がなく投げ続けるだろう。 そして球団は絶対、千葉ロッテだろう。 比企谷が、由比ヶ浜の最後の願いを叶える為?に取った行動は? 「 当て馬犠プロム計画の復活」だった。 土下座して、遊戯部の秦野と相模弟(相模は文化祭のガチヒール役女)にサイトを復活させてもらい、雪ノ下陽乃に情報のリークを頼んだ。 一度は、ボツになったものを復活させて、「雪ノ下とまた接点を持とう」という狙いだった。 このプロムの目的がはっきりせず、誰も得をしない。 とういうか、本当に、目的は雪ノ下と接点を持つだけで、大義がない。 結局、雪ノ下が責任者になって、当て馬だったプロムを本当に開催することになった。 でも、また面倒なプロム実行するに当たって、雪ノ下は意味が分からなかった。 なぜ、こんな誰も得をしないプロムをするなんていい出したのか。 八幡の回答は 「あれしかお前と関わる方法がなかった」 「由比ヶ浜の願いを叶える一環と言えなくもない」 とすごく曖昧な返事し、決め台詞がなくずるずると、告白の様な、やり取りが続く。 「手放したら、二度とつかめねんだよ。 」 「だからお前の人生を歪める権利をくれ」 「もろもろ全部やるから、お前の人生に関わらせてくれ」 「人生歪める対価には足らないだろうけど、まぁ全部やる。 要らなかったら捨ててくれ。 面倒だったら忘れていい。 こっちで勝手にやるから返事も別にしなくていい」 引用:やはり俺の青春ラブコメは間違っている14巻 と、気持ちを伝えたような、芯に当てたような言葉を八幡はいいます。 それに対して雪ノ下は、 「私はちゃんと言うわ」 そして、俺の肩口にそっと額を当てた 「あなたの人生を私にください」 引用:やはり俺の青春ラブコメは間違っている14巻 ひゅーーーーーー! と。 こんな感じです。 ひゃーー。 曖昧なひねくれた八幡に対して、逆に、逆告白ですよ。 想いは言葉よりも、額からの熱伝導と。。。 アオハルかっ。 由比ヶ浜の願いは、届かず。 いや、これは、由比ヶ浜ファンからしたら、バッドエンドです。 ガハマファンも、ハンカチを食い千切りながら読むしかなかったでしょうね。。。 由比ヶ浜の独白で、明らかになる、号泣してた事実、、、 いや、結構重たい話ですよね。 全体的に、八幡目線で書かれているから、由比ヶ浜の独白がコントラストですごく重たくて、恋空とか、赤い糸みたいなグラビティですよ。 コメディって軽くいえないですよね。 どこがコメディーなんだ。 くそーー。 「ラブ」以外の俺ガイル14巻の見どころ集! 結局、真剣なラブストーリになっちゃうわけですが、 ちゃんと コメディ要素がっつりなんですよね。 流石、渡てんてい。 ( 本当コメディて軽く言えない) 本当のぼっちエンドのバッドエンドは続いていく 本当に可愛そうになったなぁと思うのは、です。 はシッポまでぎっしり「可愛そう」が詰まっています。 結構初期で出てきたキャラなのに、雪ノ下には名前を覚えて貰っていません。 最後の方なのに「財津」っていってました。 笑、誰だよ財津。 笑 スピンオフ作品名は、「財津ガイル」でしょうか。 由比ヶ浜の猛攻に全国津々浦々のおっさんどもが夢の跡 「 ・・・・私と、踊ってくださいませんか」 と、プロム中、八幡に照れながら言う由比ヶ浜。 しゃなりと礼をする由比ヶ浜、暗がりの中でも分かる赤い頬。 渋々踊るヒッキーにブスクレなら踊り切る。 音楽に埋もれる声で、 「 ・・・次で最後のお願いにするね。 」 と由比ヶ浜。 でも、これが、八幡が叶えた最後のお願いになるんですよね。。。 いやぁ。 切ない。 叶わない夢ってどうしてこんなに儚いんでしょうか。 最後の最後、一色と小町が勝手に復活させた奉仕部に依頼を頼む由比ヶ浜が本当切ない。 「あたしの好きな人にね、彼女みたいな感じの人がいるんだけど、それがあたしの一番大事な友だちで……。 ……でも、これからもずっと仲良くしたいの。 どうしたらいいかな?」 引用:やはり俺の青春ラブコメは間違っている14巻 それ、言っちゃう!?アオハルか。 まだ、まだ、青春ラブコメは終わっていませんね。 「平塚先生の告白と結末」実は1番八幡のことを想っている説 13巻の見開きのカラーページには、花束を受け取る平塚先生、、、!? 14巻にて花束を渡す比企谷 合わせると、、、 そうか、、、この2人が、、、 ちがう!ちがう!こんな青春ラブコメまちがってる! というか、13巻での退任が決まっているので、この絵は退任式ですよね。 笑 退任式の絵だよね、、、、とおもって、14巻を読み進めていると、 まさかの展開でした! との2人きりドライブから、 バッティングセンターからの、 告白、、、、• 「私も君対して思うことが沢山ある」• 「 君がすきだよ」• 「照れるな照れるな」 と、平塚先生が、俺ガイルの中でも純愛乙女キャラなのかもしれません。 「 君は私にとって、最高の生徒だよ。 そういう意味では本当に好ましく想っている」とちゃんと、付け加えましたが、、笑 けっこう、この14巻の中で、びっくりした場面です。 このシーンを読んで心臓が止まった方が全国で5名ほどいらっしゃるとか(俺の予想) 男としてではく、生徒として好き、でしょう。 あと、最後にホールで平塚先生と八幡の2人きりになり、 「君と踊るのをすっかり忘れていた」と踊りたいと言い出す先生。 そして、平塚先生は、八幡と鼻歌で踊り、ヒールで八幡の足を踏む。 ころんだ八幡にかぶさるかたちで倒れる平塚先生。 もう、ベタ過ぎる。 でもコレが平塚先生らしい。 本当は、八幡とどうにかなってしまいたかったのでは?ガラスの靴をわざと落とす感覚で、わざと八幡の足を踏んづけた説まである。 「得したな」笑 本当八幡が羨ましい! 「リア充ばくはつしろーーーーーーーー」笑 満点大笑いと余韻ひたひたの「卒業式」 八幡が男泣きするんですよね。 そしたら、戸塚くんが、ティッシュをバケツリレーで送ってくれるんですよ。 すると、中継の戸部っちが花粉症と勘違いして、ティッシュを追加してくれる。 さらに!葉山くんは袋ごと追加してくれる。 この男子のティッシュリレーの場面は、なんか男子の団結力というか、鼻が痒くなって笑えますね。 笑、八幡泣きすぎ。 あと、城廻めぐり先輩の、アドリブですよね。 文化祭のフレーズが出てくる当たりで、在校生も卒業生も一緒になった一体感みたいなのは、なんかジーンと来るものがありまたね。 謎のコールアンドレスポンに僕も混ざりたい。 自分もこのページの中に、引きずり込まれて一緒に腕を上げて参加したかったと、羨ましく想ってしまいます。 「おまえらー文化してるかーーー!」 とべっち「ウザいキャラ」定着が可愛そう過ぎてウケる 卒業式の答辞の際、がウィスパーボイズで「ッベー」という。 ウィスパーなのに、ウザいて言われている。 笑 八幡にほんとにウザいと言われているのが、個人的につぼでした。 普段から八幡は、三浦系統の女子に「キモイ」と言われている八つ当たりのようにも感じました。 追い打ちを掛けるように、サウナでも、八幡に悪者にされてるのがすごく可愛そうでウケました。 「NGワードを言った」と、八幡に勝手に反則にされていました。 あと、葉山君もあからさまに、面倒くさがっていうのも、可愛そうなポイントです! 一色いろははキレ者 一色いろは「 あきらめなくていいのは女の子の特権です!」 と、枯れかけの由比ヶ浜に声を掛けるのは、天使なのか悪魔なのか。 物語の推進力というか、随所でポイントとなるのが、いろはですよね。 決着がついたかのような、三角関係を復活させようとするのは、イタズラなのか、由比ヶ浜の為なのか。 多分面白がっているだけでしょうけどね。 他にも、奉仕部の復活を水面下で実行していたり、良いやつなのか。 良いやつなのか。 結末よりも、渡航さん、アオハル?、大丈夫かしらと思った比喩表現 由比ヶ浜とガハママと比企谷で小町氏にお菓子を作っていた時、、、 料理を旨くする材料のリストの中に、、、、 「白い粉」と、、、、砂糖のことですが。。 小学館的に、または、ガガガ文庫的にポイントとハードル高いのでは??? ここまではいいんですが、、、 「大麻吸引時の マンチーズ」て表現があったんですよ。。。。 笑 マンチーズは、吸引時に食欲が高まって、何を食べても激ウマになる現象らしいです。。。 八幡がマンチーズとか言っている描写くっそウケたんですけど。 笑 ダメでしょうよ。。 笑 俺も「マンチーズ」って、使っちゃおっ。 俺ガイルはまだ終わらない。 あとがきには、 今後ですが、まず、短編集の刊行を予定しております。 時期はまだ未定ですが、色々なお話が書きたいなーと考えつつ、鋭意準備中でございます。 とあります。 ぜひ、の、スピンオフ、アンソロジーを出して欲しいです。 てか、14巻も最高でした。 この場を借りて、謝辞を申し上げます。 拙い感想文を読んで頂き、ありがとうございます。 PS:海老名さんの人生を歪めたい。 観て頂きありがとうございます。 福岡市で、ライター目指して記事書いています。 建築資材の搬入しています。 26歳、独身、趣味は、星を眺めること。 関連する記事• やっはろー!でございます。 この記事では、Googleの月間検索回数をランキング順に表示ます。 検索数が多いという事は、それだけ俺ガイルファンの興味感[…]• 財津、、くんだったけ、俺ガイルの材木座義輝の名言を紹介します。 目次 1. 材木座の名言 2. 材木座の声優は檜山修之(ひやまのぶゆき)さん 3. 材[…]• ネガティブを改善したいですか? ぼくもボチボチネガティブな方だと思いますが、 26年間の結論は「ネガティブは改善できない」というのが持論です。 車にタ[…]• もし時間とお金に制限なく毎日何をしてもいいとしたら、あなたは何をするでしょうか。 仕事や宿題もしなくていい。 遊び呆ける 毎日おいしいものを食べる 風[…].

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俺ガイルついに完結!最終14巻11月19日発売!!

俺ガイル 最終巻

俺ガイルこと『』が、ついに今回発売された14巻で完結しました! は最近はまったく読んでいないんですけど、1巻の発売から約9年間かかって完結したこの作品だけは、続けて読んでいました。 それほど、と、そしての三角関係にどう決着がつくのか知りたかったんですね。 恋愛もののはそれほど読んでいないんですが、昔に流行った『』の結末が気持ち悪すぎて、の恋愛ものの結末なんてこんなものかな…で自分の中で評価がガクッと下がってしまいました。 まぁ、実の妹との恋愛なんて成立させたらそりゃ気持ち悪くなるんですけどねw これは作者が何も考えずにストーリーを始めてしまったからなのかなと思います。 俺ガイルの場合は、著者の先生は絶対にこの三角関係にきっちり答えを出してくれるだろう、と作者を信頼していたので、本当に最終巻が楽しみでした。 八幡が最終的にどちらを選ぶのか…やっぱりを選ぶんだろうなって思いましたが、とにかく3人ともいい子で幸せになってほしい。 だからが八幡に「待たなくていい」と言われた時は、涙が出そうになりましたよ…。 その後、我慢していたけど家でついに崩壊して号泣してしまうシーンはたまりませんでしたね。 そして八幡の不器用で回りくどい、好きだと正直に言わない告白シーン。 なるほど、これは確かにとの告白シーンだな、って納得できて読んでいてニヤニヤしてしまいました。 以外にもが好きだと言葉に出したのは驚きましたけど、雪乃にとってはどれほどの勇気が必要だったんだろうって考えると、なんか感動してしまいました。 最終的に、が一旦フラれた形になりましたが、実は八幡を狙っているっぽい可愛い後輩ちゃんと、高校に進学した妹ちゃんの策略?で、まだ三角関係は続きそうですね。 この作品は基本的に三角関係でヒロインは2人。 でも他にも恋愛ゲームなら攻略候補になる女の子がたくさん登場しました。 を筆頭に、川崎さんやめぐる先輩、平塚先生などなど…。 特に平塚先生は、先生としてすごく八幡にとって大きな存在でしたが、最後にダンスを踊ったシーンが印象的で、もしかすると八幡を生徒以上に思っていたのでしょうか。 そこはすごく気になるし謎ですね。 俺ガイルは、自分が高校生活で青春しているような、本当に恋愛をしているような感情移入をさせてくれるでした。 文章もすごく面白くて、旬のネタをふんだんに取り入れて定期的に笑わせてくれるし、すべてのキャターが本当に魅力的だし。 本来なら適当でいいようなモブキャラでさえしっかり作り込んでいて、先生の力量はすごいものがあると思います。 あとがきによれば、まだ俺ガイルで短編を出してくれるみたいだし、何より来年春にアニメで最後までストーリーを進めるみたいだし、これからも俺ガイルが楽しみです! w739hw02.

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