橋 幸夫 潮来 笠。 みんなマネした「潮来刈り」の時代~2人の師匠/橋幸夫コラム/芸能/デイリースポーツ online

みんなマネした「潮来刈り」の時代~2人の師匠/橋幸夫コラム/芸能/デイリースポーツ online

橋 幸夫 潮来 笠

橋幸夫のデビュー曲であり、股旅曲の代表的な作品である。 累計で約120万枚を売り上げた。 作詞、作曲は橋の恩師にあたると。 恩師の吉田によれば、『潮来笠』は、ビクターを代表する作詞家佐伯孝夫が、「ふさわしい歌い手がでてくるまでと、永年、あたためられていたテーマ」としている。 もともと、佐伯が、茨城の潮来水郷へ訪れた時に、その情景にひかれて作りあげた作品であったが 、「この作品を歌うぴったりの歌手が見当たらない」まま「3年もの間あたためていた」時に、橋幸夫がビクターの専属歌手オーディションに受かり入社してきた。 橋のレッスンを見た佐伯が、「いかにも高校生らしく、.... 健康な素直さにあふれている」と悟り、橋に提供することを決めた とされている。 一時は、ビクターのベテラン歌手小畑実に提供する案もあったとされる。 楽譜を手渡された橋は、「潮来笠」を「シオクルカサ」と読んで、吉田に「これは地名で『いたこがさ』だよ」と教えられたエピソードを明かしている。 また「こんな歌売れるのかな.... と思った」ことも記している。 デビュー前の6月に、TV [ ](ロッテ歌のアルバム)の新人紹介に出演し「潮来笠」を唄ったが、その直後から、橋の実家(富士越呉服店)やビクターに問合せの電話が殺到し、このため予定より1か月早めて7月5日にレコード発売となった。 初回プレスは発売当日に売り切れになるほどの大騒ぎとなり 、秋にはビクターが「他の音盤のプレスを止めて、『潮来笠』オンリーで取りかからねば追いつかない」状況となった。 本楽曲の三味線伴奏にはの実妹である静子が加わっており、その後も静子とは股旅ものでは何度か共演している。 橋は本楽曲での新人賞を受賞した。 なお、後に橋はのに「」で、のに「」でそれぞれ大賞を受賞しているため、史上初の新人賞と大賞の2冠となっている 当時は最優秀新人賞と最優秀歌唱賞は存在しなかったため、主要な賞は新人賞と大賞のみだった)。 橋は本楽曲で1960年のに初出場を果たした。 また、紅白ではのでも歌唱されている。 翌には本楽曲をモチーフにした同名の映画「潮来笠」がの主演によって公開、橋自身もゲスト出演した(後述)。 のに際して、が実施した「」では、本楽曲が白組の68位にランクインした。 2005年7月には橋のデビュー45周年を記念して本楽曲の舞台になったのに本楽曲の一番の歌詞が刻まれた歌碑が建てられた。 同公園にはさらに、映画「潮来笠」で橋が演じた潮来の伊太郎をモチーフとしたブロンズ像、「潮来笠」「伊太郎旅唄」「」「恋のメキシカンロック」「」の5曲が流れるジュークボックスのセットも設置された。 こちらもヒットし、B面曲にもかかわらず「吉田正大全集」 や「全音歌謡曲大全集第3巻」 にヒット曲として「潮来笠」とともに楽譜が掲載されている。 海外ではの歌手やによって『梦在你怀中』と言うタイトルでカヴァーされている。 その為、同国の国民の間では愛されている名曲になっている。 映画「潮来笠」 潮来笠 監督 脚本 製作 (「企画」名義) 出演者 、 音楽 主題歌 「潮来笠」 撮影 牧浦地志 編集 谷口孝司 製作会社 公開 上映時間 75分 製作国 言語 映画はに系で公開。 モノクロ・・75分。 この作品のビデオソフトは1999年1月8日に発売された(規格:、廃盤)。 スタッフ• 製作:• 企画:• 脚本:• 監督:• 撮影:牧浦地志• 音楽:• 美術:西岡善信• 照明:古谷賢次• 録音:長岡栄• 編集:谷口孝司• スチル:杉山卯三郎 出演者• 潮来の伊太郎:• お加代:• おみね:• 金平金九郎:• 料亭の女お米:• 関宿の久衛門:• 笹川の繁蔵:• 乾分政吉:• 手賀沼の甚六:• 乾分助蔵:• 関宿の乾分半次:• 島村の源五郎:• 川千鳥の新助:• 手画沼の乾分吉松:• 渡世人一:• 三ン下奴茂十:• 弟 熊八:• 三ン下奴為吉:• 壺振りの男:• 居酒屋の小女:• 『橋幸夫チャリティ・ショー』(MBK60008)日本ビクター出版 1964年9月刊行 14頁• 『別冊近代映画』1963年10月臨時号 通巻118号 62頁• 『橋幸夫チャリティ・ショー』 前掲 12頁• 塩澤実信著『昭和歌謡100名曲』 北辰堂出版(東京) 2012年12月 126頁• 前掲書 38-39頁• 『別冊近代映画』1964年9月臨時号 通巻152号 158頁• 『フォトいばらき:茨城県をもっと知りたい県民グラフ誌』2005年秋季号通巻561号 茨城県 2005年9月30日 4頁その他参照•

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潮来笠

橋 幸夫 潮来 笠

橋幸夫のデビュー曲であり、股旅曲の代表的な作品である。 累計で約120万枚を売り上げた。 作詞、作曲は橋の恩師にあたると。 恩師の吉田によれば、『潮来笠』は、ビクターを代表する作詞家佐伯孝夫が、「ふさわしい歌い手がでてくるまでと、永年、あたためられていたテーマ」としている。 もともと、佐伯が、茨城の潮来水郷へ訪れた時に、その情景にひかれて作りあげた作品であったが 、「この作品を歌うぴったりの歌手が見当たらない」まま「3年もの間あたためていた」時に、橋幸夫がビクターの専属歌手オーディションに受かり入社してきた。 橋のレッスンを見た佐伯が、「いかにも高校生らしく、.... 健康な素直さにあふれている」と悟り、橋に提供することを決めた とされている。 一時は、ビクターのベテラン歌手小畑実に提供する案もあったとされる。 楽譜を手渡された橋は、「潮来笠」を「シオクルカサ」と読んで、吉田に「これは地名で『いたこがさ』だよ」と教えられたエピソードを明かしている。 また「こんな歌売れるのかな.... と思った」ことも記している。 デビュー前の6月に、TV [ ](ロッテ歌のアルバム)の新人紹介に出演し「潮来笠」を唄ったが、その直後から、橋の実家(富士越呉服店)やビクターに問合せの電話が殺到し、このため予定より1か月早めて7月5日にレコード発売となった。 初回プレスは発売当日に売り切れになるほどの大騒ぎとなり 、秋にはビクターが「他の音盤のプレスを止めて、『潮来笠』オンリーで取りかからねば追いつかない」状況となった。 本楽曲の三味線伴奏にはの実妹である静子が加わっており、その後も静子とは股旅ものでは何度か共演している。 橋は本楽曲での新人賞を受賞した。 なお、後に橋はのに「」で、のに「」でそれぞれ大賞を受賞しているため、史上初の新人賞と大賞の2冠となっている 当時は最優秀新人賞と最優秀歌唱賞は存在しなかったため、主要な賞は新人賞と大賞のみだった)。 橋は本楽曲で1960年のに初出場を果たした。 また、紅白ではのでも歌唱されている。 翌には本楽曲をモチーフにした同名の映画「潮来笠」がの主演によって公開、橋自身もゲスト出演した(後述)。 のに際して、が実施した「」では、本楽曲が白組の68位にランクインした。 2005年7月には橋のデビュー45周年を記念して本楽曲の舞台になったのに本楽曲の一番の歌詞が刻まれた歌碑が建てられた。 同公園にはさらに、映画「潮来笠」で橋が演じた潮来の伊太郎をモチーフとしたブロンズ像、「潮来笠」「伊太郎旅唄」「」「恋のメキシカンロック」「」の5曲が流れるジュークボックスのセットも設置された。 こちらもヒットし、B面曲にもかかわらず「吉田正大全集」 や「全音歌謡曲大全集第3巻」 にヒット曲として「潮来笠」とともに楽譜が掲載されている。 海外ではの歌手やによって『梦在你怀中』と言うタイトルでカヴァーされている。 その為、同国の国民の間では愛されている名曲になっている。 映画「潮来笠」 潮来笠 監督 脚本 製作 (「企画」名義) 出演者 、 音楽 主題歌 「潮来笠」 撮影 牧浦地志 編集 谷口孝司 製作会社 公開 上映時間 75分 製作国 言語 映画はに系で公開。 モノクロ・・75分。 この作品のビデオソフトは1999年1月8日に発売された(規格:、廃盤)。 スタッフ• 製作:• 企画:• 脚本:• 監督:• 撮影:牧浦地志• 音楽:• 美術:西岡善信• 照明:古谷賢次• 録音:長岡栄• 編集:谷口孝司• スチル:杉山卯三郎 出演者• 潮来の伊太郎:• お加代:• おみね:• 金平金九郎:• 料亭の女お米:• 関宿の久衛門:• 笹川の繁蔵:• 乾分政吉:• 手賀沼の甚六:• 乾分助蔵:• 関宿の乾分半次:• 島村の源五郎:• 川千鳥の新助:• 手画沼の乾分吉松:• 渡世人一:• 三ン下奴茂十:• 弟 熊八:• 三ン下奴為吉:• 壺振りの男:• 居酒屋の小女:• 『橋幸夫チャリティ・ショー』(MBK60008)日本ビクター出版 1964年9月刊行 14頁• 『別冊近代映画』1963年10月臨時号 通巻118号 62頁• 『橋幸夫チャリティ・ショー』 前掲 12頁• 塩澤実信著『昭和歌謡100名曲』 北辰堂出版(東京) 2012年12月 126頁• 前掲書 38-39頁• 『別冊近代映画』1964年9月臨時号 通巻152号 158頁• 『フォトいばらき:茨城県をもっと知りたい県民グラフ誌』2005年秋季号通巻561号 茨城県 2005年9月30日 4頁その他参照•

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橋幸夫 潮来笠 歌詞

橋 幸夫 潮来 笠

1960年7月5日-。 僕は「潮来笠」でデビューしました。 デビューの道筋を立ててくれた遠藤実先生は生みの親。 そしてデビューから「橋幸夫」を育ててくれたのは吉田正先生です。 僕には2人の師匠がいるのです。 この2人の先生と出会えたことは、大きな財産です。 2人は似ているところが多かったです。 でも音楽に対しての構え方は全然違います。 遠藤先生は、流しが原点の人。 自分も歌うのでアーティスティックで芸術肌な人。 作曲も「頭に浮かんだ!」と言って、その場で紙に書いてしまうような方でした。 吉田先生はどちらかと言えば理論的な形から入る。 ブレーンと話し合い、構想を練って「これだ!」と言ってから作る人でした。 そんな吉田先生ですから、デビューからしばらく、歌以外の全体のプロデュースもしていただきました。 デビュー曲の「潮来笠」も、吉田先生が「17歳だし、江戸っ子。 呉服屋の息子。 僕自身は、中学の後半からギターもやっていて。 時代はロカビリーが全盛。 そっちの路線に行きたかった。 股旅でデビューすることは、正直疑問でしたけどね。 でも、吉田先生のプロデュース感覚は正しかった。 着物を着せて角刈り。 意表を突くその姿で世に送り出してくれました。 おかげで大ヒットです。 「潮来笠」の大ヒットがあって、今の橋幸夫があるわけですからね。 当時は理髪店に行くと、みんな僕と同じ髪形でした(笑)。 それからも、先生が時代の変化を読んで見抜いて、計算ずくで僕をプロデュースしてくれました。 股旅ものもずいぶん歌いました。 そして青春歌謡、リズム歌謡。 世相でいえば、68年のメキシコ五輪前年には「恋のメキシカン・ロック」も作っていただきました。 五輪といえば、8月にリオ五輪が開幕しますね。 日本代表の選手の健闘をお祈りします。 2020年には東京五輪です。 実は64年の東京五輪では、僕も「東京五輪音頭」を歌ってます。 そんな思い出も、またお話しできればと思います。

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