出雲 大社。 出雲大社

出雲大社 縁結びの由来は?独特の参拝方法やアクセス情報もご紹介

出雲 大社

島根県にする元。 客神として,アメノミナカヌシノカミ,タカミムスビノカミ,カミムスビノカミ,ウマシアシカビヒコジノミコト,アメノトコタチノカミの5神をまつる。 創立は神話時代にさかのぼる。 ともいう。 のは方2間,の,で階段や入口を向かって右側に片寄せる。 この内部構造が古代住宅建築の形式を残すものとして特に重要視される。 5月 14~16日。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 島根県簸川 ひ 郡大社町(現・出雲市)に鎮座。 近代以前は主に杵築 きづき 大社などと称した。 旧官幣大社。 をまつる。 大国主神の国譲りを喜んだが,その望みをいれて壮大な社殿を建て,天穂日 あめのほひ 命を仕えさせたと伝える。 天穂日命のは代々出雲国造 くにのみやつこ として大社に奉仕,中世以降千家 せんげ ・北島両家に分かれた。 延喜式内の,出雲国の一宮で,全国出雲神社の総本社。 本殿は桁行2間,梁間2間,切妻造,妻入りのを代表する建物で,高床造の単純な構造は古代の神社建築を純粋に伝えている。 現在の本殿(国宝)は1744年に遷宮が行われたもので,総高24mに及ぶが,古くはもっと大きかったと伝えられ,東大寺大仏殿,平城宮の大極殿と併称された。 勅使が参向する例祭のに,神在 かんあり 祭,真菰 まこも 神事,などがある。 縁結び・福・農耕の神として信仰され,これをもとにして出雲大社 おおやしろ 教()が成立している。 国宝の秋野鹿蒔絵手箱のほか,糸巻太刀,後醍醐天皇宸翰宝剣代綸旨などの重要文化財を有する。 古くは天日隅宮 あめのひすみのみや 、天日栖宮 あめのひすのみや 、出雲石 之曽宮 いわくまのそのみや 、厳神之宮 いつかしのかみのみや 、杵築大社 きつきのおおやしろ などと呼称され、現在は一般に「いずものおおやしろ」とよばれている。 大国主大神 おおくにぬしのおおかみ を祀 まつ る。 大国主大神は素盞嗚尊 すさのおのみこと の子で、因幡 いなば の白兎 しろうさぎ 神話で慈愛深い神として語られているが、少彦名神 すくなひこなのかみ とともに、この国土を開拓、人々に農耕の方法を教え、また病気その他の災厄から逃れるための医薬や禁厭 まじない の法を教え、やがて皇孫瓊瓊杵尊 ににぎのみこと の降臨にあたって、この国土を皇孫に譲り、自身は退いて幽事 かくりごと (あの世の事)をつかさどる大神となった。 そこで、天照大神 あまてらすおおみかみ は大神のために宮殿をつくらせ、子の天穂日命 あめのほひのみこと に大神を祀らせたのが本社の起源と伝える。 さらに『日本書紀』に、崇神 すじん 天皇のとき出雲臣 いずものおみ の祖出雲振根 ふるね が事あって大神を祀らなかったとき、丹波 たんば (兵庫県)の氷上 ひかみ の人氷香戸辺 ひかとべ の子に神託があり、神異を示されたので、勅 みことのり して祭りを行わせたとある。 659年(斉明天皇5)出雲国造 くにのみやつこ に社殿を修築させ、765年(天平神護1)神封61戸をあてた。 851年(仁寿1)には従三位 じゅさんみ 、勲八等となり、859年(貞観1)正月に正三位、5月に従二位、867年に正二位に叙している。 延喜 えんぎ の制で名神 みょうじん 大社とされ、以後も朝野の崇敬厚く、出雲国一宮 いちのみや となる。 武家時代に入り源頼朝 よりとも はその神主家の勢力を抑えることを計りながら、一方では1190年(文治6)正月、剣を奉納するなど崇敬している。 1333年(元弘3)後醍醐 ごだいご 天皇が王道再興を祈願して神領を寄進、その後、戦国時代には、出雲国の支配は京極 きょうごく 、尼子 あまご 、毛利 もうり 氏と変わったが、いずれも大社を崇敬し、その神領に大きな変化はなかった。 しかし、豊臣 とよとみ 秀吉の文禄 ぶんろく ・慶長 けいちょう の役(1592、1597)で軍資金調達のため一時縮小されたが、江戸時代には松江藩主松平氏により安定させられていた。 1871年(明治4)に官幣大社、1917年(大正6)には勅使参向社とされた。 この大社の祭祀 さいし は天穂日命の子孫の出雲国造がつかさどることとなっており、古くはその国造は代替りごとに朝廷に参向した。 すなわち、新任の国造が朝廷に参向して新任の式をなしたのち、天皇から負幸物 さきおいのもの を賜り、出雲に帰り潔斎 けっさい 1年ののち上京、神宝、御贄 みにえ を奉り、神賀詞 かんよごと を奏上する。 そして国に帰り、前年と同様に1年間潔斎したのち、ふたたび上京して献上物を捧 ささ げ、神賀詞を奏上したうえで、大神の祭祀をつかさどったのである。 この出雲国造家は南北朝時代に千家 せんげ 家、北島家に分かれて両家がその神事に携わったが、国造は現代にも続き、古いしきたりを伝えている。 すなわち、天穂日命が祭主となったとき、熊野 くまの 大神櫛御気野命 くしみけぬのみこと から火燧臼 ひきりうす 、火燧杵 ぎね を授けられ、それより鑽 き り出した火で潔斎、奉仕したとの伝承により、現在も国造の代替りに「火継 ひつぎ 」または「神火 しんか 相続」という儀式が厳粛に行われている。 新国造は前国造の帰幽後ただちに伝来の火燧臼、火燧杵を持ち、松江市八雲 やくも 町の熊野大社へ参向、そこで火継の神事をするのであり、そのとき鑽り出した火は、終生国造邸内の斎火殿 さいかでん に保存し、潔斎に用いるのである。 本殿はいわゆる大社造 たいしゃづくり で、現本殿は1744年(延享1)の造営にかかり、国宝に指定されるが、古くは現本殿の数倍の大きさであったと伝える。 2004年(平成16)には、本殿と同時期に造営された楼門などの建築群と銅鳥居が一括して国の重要文化財に指定された。 例祭は5月14日で、勅使参向があり、また年中72回の祭礼には特殊神事が多い。 その代表的なものは、1月1日の大饌 おおみけ 祭、2月17日の祈穀 きこく 祭、3月1日の古伝 こでん 祭、6月1日の涼殿 すずみどの 祭(真菰 まこも 神事)、8月14日夜の神幸 しんこう 祭(身逃 みにげ 神事)、8月15日の爪剥 つまむぎ 祭、陰暦10月11日より17日までの神在 かんあり 祭、11月23日の献穀祭、その夜に古式ゆかしい古伝新嘗祭 こでんしんじょうさい 、11月17日と12月27日の御饌井 みけい 祭などである。 なお、出雲大社は一般庶民の信仰が厚く、縁結びの神、福徳の神として親しまれ、御師 おし の活動により各地に講が組織されていた。 明治時代には、千家家による出雲大社 おおやしろ 教、北島家による出雲教が結成され、現在もそれぞれ布教活動を行っている。 [鎌田純一] 『千家尊統著『出雲大社』(1968・学生社)』 島根県出雲市大社町にある神社。 旧官幣大社。 主祭神は大国主命 おおくにぬしのみこと。 他に、天之御中主神 あまのみなかぬしのかみ ほか四柱をまつる。 祭祀は天穂日命 あまのほひのみこと の子孫の出雲国造 くにのみやつこ 千家 せんげ ・北島両家によって受け継がれ、出雲大社教・出雲教を組織している。 陰暦一〇月の神無月 かみなづき は、全国の氏神が集まるとされ、ここでは神在月 かみありづき という。 本殿は大社造 たいしゃづくり といわれ、国宝。 日本最古の様式をもつ。 出雲国一の宮。 杵築大社 きずきのおおやしろ。 いずものおおやしろ。 出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について の解説 【神社】より … 記紀神話によれば,出雲の国譲りに際し,天照大神は大国主神に対して,日隅宮(ひすみのみや)を建造すべきことを約束し,また瓊瓊杵(ににぎ)尊が日向の高千穂の峯に降臨したとき,これを八衢(やちまた)に迎えた猿田彦神は,地上に降って伊勢の五十鈴河のほとりに退いたが,のちにその地に倭姫命がたどりつき,天照大神の神鏡を鎮祭するに至ったと伝えている。 この神話は,のちの出雲大社と伊勢神宮の起源を語るもので,両宮は日本の神社の中で最古のものと考えられた。 その後,崇神天皇のときに,大国主神の子大物主神を大和の三輪山にまつり,また倭大国魂神を同国の山辺郡にまつったとあるが,それらは出雲,伊勢につぐ神社であった。

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出雲大社与謝分祠

出雲 大社

出雲大社に祀られている大国主大神は、日本各地を開拓すると共に民に対して農業・漁業・殖産・医薬などの方法を伝え、国づくりを行ないました。 このような心配りによって、「葦原中津国」(あしはらのなかつくに)は、「豊葦原瑞穂国」(とよあしはらみずほのくに)と称えられる豊かで力強い国へと発展します。 そののち、豊葦原瑞穂国を「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)に返還した大国主大神は、そのときに造営された「天日隅宮」(あめのひすみのみや)に鎮座。 その神殿の高さは約48mとも言われている壮大な物で、「古事記」や「日本書紀」には、屋根の両端で交差している「千木」(ちぎ)が雲を貫くほどの高さを誇っていたとの記述があるほどでした。 2000年(平成12年)出雲大社の境内遺跡から、この伝説が本当にあった可能性を示す物が発見されました。 それは直径が最大約3mにも上る「宇豆柱」(うづばしら)と直径の最大が約6mになる柱の穴。 これらが巨大な社殿の設計図と言われている「金輪御造営差図」(かなわのごぞうえいさしず)に描かれていた物と符合していたのです。 現在の出雲大社の本殿は1744年(延享元年)に行なわれた「延享の造営」(えんきょうのぞうえい)で造営された物で、高さは約24m。 神社建築では、日本一の規模を誇る「大社造」(たいしゃづくり)の社殿は、国宝に指定されています。 出雲大社と日本刀 出雲地方は、古来豊富で良質な砂鉄を利用した鉄の一大産地として知られ、遅くとも古墳時代後期には製鉄が始まったと言われています。 そして、平安時代になると出雲から伯耆の国境にかけて刀工集団が出現し、「」によって得られた「玉鋼」(たまはがね)を原料として「日本刀」作りが行なわれるようになりました。 出雲と刀剣のかかわりにおいて、特に有名なのが「ヤマタノオロチ伝説」。 「素盞嗚尊」(すさのおのみこと)が出雲国(いずものくに:現在の)において、「ヤマタノオロチ」を退治した際に、尾の部分から出現したとされる「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)は、のちに名を「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)と改められ、皇位のしるしとして歴代天皇によって受け継がれる「三種の神器」のひとつとなったのです。 出雲大社の社宝が収められている「宝物殿」(ほうもつでん)では、数多くの刀剣・日本刀を所蔵。 なかでも国指定重要文化財の「太刀:銘 光忠」(たち:めいみつただ)が有名です。 この太刀は、元々「」(とよとみひでよし)の佩刀(はいとう)でしたが、1609年(慶長14年)の遷宮の際に、「豊臣秀頼」(とよとみひでより)と、その母「淀殿」によって寄進されました。 作者の光忠は、中世において備前国(現在の)で栄えた「長船派」の実質的な祖とされる刀工で、鎌倉時代中期に活動。 その作品は、鎌倉幕府が全国に命じて切れ味の優れた刀剣・日本刀を注進させた「注進物」(ちゅうしんもの)の名簿にも名を連ねたほどの切れ味と共に、華やかさも兼備しているのが特徴で、「」(おだのぶなが)も光忠の作品を好んで収集していたと言われています。 日本全国のお城や城跡を検索できる情報サイト。 日本の城(城郭)にまつわる各種コンテンツなど多数掲載!• 旅探で日本全国の博物館・美術館を簡単検索!ガイドブックや公式ホームページでは分からない生の声を掲載しています。 宿泊プランの参考に、ホテル・旅館・宿/ホームメイト・リサーチをお役立て下さい!• 交通アクセス情報を探すなら「ユキサキナビ」。 交通アクセス情報サイトで、簡単に検索できます!• 日本の城(城郭)、城跡を日本地図から検索できます。 城郭カメラマン・岡泰行氏によって撮影された魅力あるお城の写真をご覧頂けます。 刀剣・日本刀や陶磁器、仏像、装身具など、様々な美術品を収蔵する「佐野美術館」の魅力に迫ります。 徳川家康生誕の地「岡崎城」や岡崎公園内にある家康ゆかりのスポットをご紹介。 刀剣・日本刀や刀装具や甲胃(鎧兜)、金工資料、古伝書などを多数収蔵する「刀剣博物館」をご紹介。 刀剣をはじめ貴重なコレクションが豊富な国内で最も長い歴史をもつ博物館をご紹介します。 決戦の地「関ヶ原」ならではの体験型記念館「岐阜関ケ原古戦場記念館」をご紹介します。 刀剣・日本刀や甲冑(鎧兜)など、貴重な美術品を見に刀剣コレクションに出かけよう!• 刀剣巡りができる大阪城などに加え、大阪府周辺の地域で刀剣を所蔵・展示している施設も合わせてご紹介します。 春と言えばお花見!桜の名所、大阪城で春と歴史を堪能しよう!• 「白鷺城」の愛称で親しまれる世界遺産・姫路城を検太郎が訪ねます。 外交の拠点として栄えた太宰府に位置する「九州国立博物館」の魅力をご紹介します。 全国の代表的な「パワースポット」を都道府県ごとにご紹介します!• 全国の観光名所と観光施設を観光マップ・レジャーマップでご紹介します。 全国のご当地キャラを都道府県ごとにご紹介します! 刀剣・日本刀・甲冑(鎧兜)に秘められた幾多の魅力を皆様にお届けするサイト、バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」では、「全国の刀剣が奉納されている神社・仏閣」の一覧や動画をご覧頂くことができます。 こちらのページでは、島根県出雲市にある「出雲大社」についてご紹介しています。 ここでは、神社・仏閣の施設名、所在地、アクセスなどの基本情報をご覧頂くことができます。 そしてさらに、その神社・仏閣の歴史や写真、動画など様々な施設情報もご紹介。 写真や動画で観る刀剣も素敵ですが、実際に観る刀剣のその美しさや魅力は、写真や動画の物とは格段に違うことでしょう。 実際に足を運ぶ際には、ぜひ「刀剣ワールド」をご活用、ご参考になさって下さい。 そして実物をご覧になって刀剣の魅力を再確認してみて下さいね。

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出雲大社|出雲観光ガイド【出雲観光協会公式ホームページ】

出雲 大社

【新型コロナウィルスに伴う対応について】 ご祈祷・お守り授与・御朱印など通常通り行っております。 6月1日(月)10時30分 月次祭(ご参列可能です) 6月7日(日)15時 祖霊社みたままつり(ご参列可能です) 【出雲大社相模分祠ご参拝について】 ご参拝お待ちしております。 感染防止対策を徹底し、御祈願・授与品の受付を8時40分~17時00分までとしております。 感染防止の為、クリアカーテンの設置や手水の柄杓の撤去・屋内の常時換気・消毒等しております。 また、 各所施設入り口に除菌スプレーをご用意しておりますのでご利用お願い致します。 ご祈祷を受ける方・・殿内は扉を開放して常時換気をしております。 席を離して過密にならないように分散してご案内しております。 マスクをお持ちでない方には当社よりマスクを差し上げます(無料)。 神職、巫女につきましてもマスク着用でご対応させて頂く事もございますのでご了承願います。 医療機関における職員の定期健康診断を実施しております。 風邪等の症状が少しでも見られる方はご来社をご遠慮ください。 【地鎮祭・年祭などの出張祭典】 従前どおり承っております。 感染防止を徹底しご奉仕しております。 出張祭典時、マスクの着用・除菌スプレー・ウイルス除去電動ファンを持参して感染防止に努めます。 出張祭典を奉仕する神職におきまして、平素より感染防止対策を徹底するほか医療機関による健康診断を実施し、相互に感染リスクがないように徹底しております。 屋外での神事にはなりますが、3密にならぬようご協力をお願いします。 なお、都内23区での出張祭典のお申し込みはお控えいただいております。 【出雲記念館について】 5月27日(水)営業再開 開館時間:9時~17時 七五三・成人式の着付け・記念写真の申し込み・お宮参り・会食など受付中。 【和菓子 八雲庵について】 5月30日(土)より営業再開 出雲記念館にて出張販売を致します。

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