北九州 洗脳 殺人 事件。 北九州事件全概要 気の弱い人は閲覧禁止

未満警察 北九州監禁殺人事件が1話のオマージュ?真木よう子再登場説も

北九州 洗脳 殺人 事件

相手の弱みを握ったXは被害者に対して様々な暴力・虐待を強いた。 特に裸にした電気コードの先にクリップをつけ身体に挟んで瞬間的に電流を流す「通電」という方法が主に用いられた。 激痛が走り目の前は真っ白になり患部は焼けどをおこしひどい時には水ぶくれになる。 元々はXが経営していた従業員がお遊びで始めたことがきっかけであるが、後にこれはXが相手を支配するのに非常に重要なツールとなった。 Xは通電について、被害者らへのしつけが目的の「秩序型通電」とXが腹を立てた時の「激昴型通電」の二種類であったとしている。 なお、虐待について5歳男児であるHのみは免れたが、10歳女児であるGを含めた他の被害者全員が対象となった。 書類 Xは「弱み」「虐待」を盾に被害者に「事実確認書」などの書類を作らせた。 主に以下のようなものがあった。 被害者が将来において書類の中身を実行するもの 相手に無理難題を実行させることを約束させるもので、相手に書類の中身について実行させなければならないと思わせるように仕向けた。 被害者が過去の弱みを告白するもの 署名したことを理由に書類の中身が真実でなくても真実であるように思い込ませて、さらなる弱みを握ったりX自身の責任を逃れるように仕向けた。 マインドコントロール Xは相手の「弱み」「虐待」「書類」を盾に、「食事」「排泄」「睡眠」など様々な生活制限を強いた。 違反した場合は、さらなる虐待を強いた。 これらによって被害者を精神的に追い詰めた。 さらにXは自分を頂点として被害者を序列化した。 通電される者は下位の人間であった。 Xを頂点とする社会においてどんなに些細な理由でも被害者に通電された。 また序列の高い被害者が下位の被害者を通電させるように仕向け、逆らったら下位に落とされて通電されるようにした。 またXは、被害者が別の被害者の悪口や不満をしゃべれば序列の下位から免れるように仕向け、被害者たちの悪口を聞き出した。 Xがそれらの悪口や不満を当事者である被害者に吹聴させることによって、被害者たちはお互いを憎しみ合うように仕向けられた。 またXの指示で上位の被害者が下位の被害者に対して通電させた。 そのため、被害者たちの個々人が孤立化してしまい、一致団結してXに逆らうということが無くなった。 またこれらのマインドコントロールによって、被害者が親族である他の被害者を攻撃することに抵抗感を無くさせ、Xは自らの手を汚さずに被害者に殺人や死体解体をさせる土壌を作った。

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「王様と奴隷でした」……北九州監禁連続殺人事件で7人が殺害されるまでのおぞましい手口

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詐欺まがいの手段で得たカネをばらまき、柳川市内の夜の街でそう豪語していた松永だが、『ワールド』の内情は、1980年代後半にはすでに火の車だった。 本業の布団訪問販売業では、これまでの名義貸しなどの詐欺商法を看破され、信販会社の加盟店契約を解除されることが相次いだ。 そのため出資者を集めてヤミ金を始めたり、手形を騙し取るなどして、自転車操業を繰り返していた。 1985年2月から経理担当社員として加わった純子のほか、常に5人ほどいた従業員は、通電の恐怖に耐えかねて1人、また1人と逃げ出した。 1988年5月の段階で松永と純子、そして通電の実験に利用された生野さんの3人しか残っていなかった。 1992年10月、失敗から学んだ教訓と効果的な虐待方法を身に付けた松永は、柳川市から敗走した。 目指したのは知人が宿を手配した石川県。 幌付きの1屯トラックに最低限の荷物を積み、ひっそりと姿を消した。 資金繰りのために詐欺事件を起こしたことと、手形の不渡りを免れるために信用金庫の支店長を脅迫したことで、松永と純子が指名手配されたことが逃走の原因とされるが、追われたのは警察からだけではなかった。 先の記者は言う。 「松永は地元の保険代理店と組んで、車両事故を装った保険金詐欺を企みましたが、その代理店が松永を裏切って暴力団員と組み、松永に追い込みをかけたんです。 そのため柳川にいられなくなった」 銀行から『ワールド』に融資された約9000万円の返済は滞ったまま破綻。 松永や純子が消費者金融などから借りたカネも焦げ付かせた。 また、松永が甘言を弄して知り合った女たちを騙して借金させ、返すと伝えていたカネも、当然の如く放り出した。 用意された宿が想像と違うとの理由で、わずか1泊の滞在で石川県から福岡県に戻ってきた松永らは、北九州市を潜伏先とした。 しかし1993年1月には、松永の暴力に身の危険を感じた生野さんも逃走するに至る。 そして松永と純子の2人が残された。 それは、女を食いものにするということだった。

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消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

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福岡県北九州市の松永太(40)による史上稀に見る凶悪犯罪。 内縁の妻、緒方純子(40)と共に被害者を監禁したうえマインドコントロール下に置き、自らは手を下さずに殺し合いをさせていた。 2002年、監禁されていた広田清美さん(仮名・17)の脱走により発覚。 清美さんの父、由紀夫さん(仮名・34)、純子の両親である誉さん(61)と静美さん(58)、妹の理恵子さん(33)とその夫の主也さん(38)、二人の子供の彩ちゃん(10)と優貴くん(5)の計7人が殺害されていた。 先生、いま私を取り巻く状況は、本当にひどい話ばかりなんですよ。 とにかく聞いてください……」 2008年11月、福岡拘置所。 稀代(きたい)の凶悪殺人犯は、上下グレーのスウェットスーツを着て面会室に現れた。 明るく晴れやかな表情で私の前に座ると同時に、堰を切ったように喋り始めた。 「もう私の裁判はね、司法の暴走ですよ。 私自身、なにも身に覚えのないことなのにね、私ひとりに罪を被せようとする陰謀が、あらかじめ出来上がっているんです。 ほんと、裁判所という機関は、いまではもうほとんど、事実を発見する仕組みが機能しなくなっていると思います。 感情的にならず、冷静に判断することをよしとされる裁判官が、マスコミや一部の作家のアジ(テーション)に乗っかった意味不明の判断を次々に実行しているんです。 いわゆる魔女裁判のように裁こうとしているんです」 陽に当たらず地下で栽培されたウドを想像させる、漂白されたかの如き白い肌。 歌舞伎役者のように整った顔立ち。 だが、その見開いた黒目の奥には感情を窺えない闇が宿る。 私はメモを取る手を止め、しばし彼の表情に目をやった。 なんなのだろう、この饒舌な語りは。 なんなのだろう、この罪悪感のなさは。 事件発覚直後から現場での取材を重ね、凶悪な犯行内容を知っている私のなかに、違和感ばかりが募る。 自らの潔白と司法への不満を息もつかずに訴え、その合間に笑みを浮かべて私を持ち上げ媚を売る。 そんな男を目の前にして、ひとつの確信が生まれていた。 悪魔とは、意外とこんなふうに屈託のない存在なのかもしれない、と。 7人が殺害された「北九州監禁連続殺人事件」 男の名は松永太(ふとし)。 面会時は47歳。 福岡県北九州市で1996年2月から98年6月にかけて、7人が殺害された「北九州監禁連続殺人事件」の主犯である。 2002年3月、松永と内縁の妻である緒方純子に監禁されていた17歳の少女が、同市内の祖父母宅へと逃走したことで犯行が発覚。 逮捕された松永は、7人全員に対する殺人(うち1件は傷害致死)などの罪に問われて一審、二審ともに死刑判決を受けた。 私が面会したときは、最高裁に上告中であった。 一方、共犯者として松永と共に逮捕された純子は、一審で死刑判決を受けるも、二審では松永の強い影響下にあった、との理由で無期懲役へと減刑されていた。 ちなみに被害者7人のうち6人が、純子の両親や妹を含む親族だ。 原則4人以上の殺人は死刑という「永山基準」に当てはまる事件の被告人でありながらも、松永による精神的な支配下での犯行であったことが思料された。 さらに付け加えれば、後の最高裁でもこの高裁判決は支持され、2011年12月に彼女の無期懲役が確定する(同時に松永の死刑も確定)。 つまり松永による抑圧は、それほどに苛烈なものだったのである。 この裁判を取材した司法記者に会ったとき、彼は松永が純子を支配した構図について、次のように話した。 「松永は間違いなくDV常習者。 長期にわたり純子に対して殴る蹴る、さらには通電の虐待を繰り返してきた。 だけど純子はDV被害者特有の心理で、暴力の原因は自分にあると思い込んでしまった」 通電とは電気コードの先に金属製のクリップをつけた器具を躰に装着して、100ボルトの電流を流す虐待方法だ。 松永は純子に通電を繰り返し、彼女の右足の小指と薬指は火傷でただれ、癒着するほど痛めつけられていた。 記者は続ける。 「純子は二度、松永の許を逃げ出そうとしたが、連れ戻されてより激しい通電虐待を受けた。 もう逃げられないという諦めと、通電の恐怖を心に植え付けられた彼女は、松永の要求を拒むことができない心理状態に置かれてしまった」 かくして、純子は松永の主導の下、自分の身内を巻き込んだ大量殺人の共犯者となっていく。 もっとも、二人が逮捕された直後は、これほどまでに被害者が多く、かつ凶悪な犯行であることは、捜査関係者を含めて誰も想像していなかった。 だからこそ、偶然網にかかった鮫の腹を割いたところ、そこから無数の骸(むくろ)が出てきたような、予期せぬおぞましさを感じさせることになったのだ。

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