相原 りんこ。 2019年統一自治体選挙 予定候補者のページ

相原りんこnote開設のご挨拶|相原りんこ|note

相原 りんこ

やさしさ(福祉・教育)と活力(経済)はどちらが欠けても成り立ちません。 バランスの良い政策実現の為に、政治にもっと若者・女性の声を。 「知らなかった」をなくす 知らされていないのは「ない」と同じ、具体的で正確な情報共有なくして安全・安心・暮らしやすい街など実現しません。 困ったとき、必要なときに自ら探さなくてはならない情報提供の仕組みと申請主義が疑問です。 税金は計画段階で公開 藤沢市には豊かな財源がありますが、誰もが納得する使い方にしなければなりません。 予算を計画段階から完全公開し、市民の意見を反映させることが必要です。 議会・議員をチェック 私たちの代表である議員が何をやっているのか、公開し、監視・チェックできる環境を作るべきではないでしょうか。 誰ひとり取り残さない 子育てを孤育てにせず介護する人を支え、高齢になっても障がいがあってもどんな人でも「一人でも、独りじゃない藤沢」をめざします。 路線バスの利便性向上 健康寿命の延伸は、医療費抑制や経済活性化に繋がります。 バスの運賃助成はもちろん公共交通の利便性を守り、外出支援は大切なテーマです。 多様な働き方を支持 性差年齢に関係なく能力が発揮でき、雇い止めや過労死の心配なく、自分の選んだスタイルで働けば当たり前に暮らせる社会へ、「公契約条例」の制定に取り組みます。

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相原先生インタビュー

相原 りんこ

(一同)よろしくお願いします! Q(ゆうだい)作曲歴はどれくらいですか? A(相原先生)始めたのが高3からなので丁度今年で11年目ですね。 Q(ゆうだい)今までトータルでどれくらい曲は作りましたか? A(相原先生)今までだと一杯としか言えなくて・・・。 CM曲とか短いのを含めたら多分下手したら1000位いくんじゃないかなと思います。 Q(やな)11年で1000曲っていったら驚異的なスピードですね。 Q(ゆうだい)作曲を始めたきっかけは? A(相原先生)きっかけは、そのときピアノしかやってなかったんですけど、ネットでいろいろ回っているとネットだけで活動している作曲者さんがめっちゃいい曲書いてて。 「わー、すげえ僕もこれになりたい!」って感じでソフト買ってやってみようかなって思ったのがきっかけです。 まあその人に憧れてっていうのがきっかけですね。 AKITOという和風な曲を作っている方です。 Q(りんたろう)初めて買ったソフトは何ですか? A(相原先生)ソフトは、YAMAHAの っていうソフトです。 を取り込む前のYAMAHAが出したソフトで、それで楽譜を打ち込んでいました。 Q(ゆうだい)初めて作った曲は覚えていますか? A(相原先生)覚えているというか、曲名とかはついてなくて、なんとなくですけどAKITOさんっぽい和風な曲を作った覚えがあります。 Q(ゆうだい)ネットでの活動を始めた時期はいつ頃になりますか? A(相原先生)それは大学入ってからですね。 Q(ゆうだい)今おいくつでしたっけ? A(相原先生)29歳です。 Q(ゆうだい)作りはじめてすぐ投稿するようになったんですね。 A(相原先生)そうですね。 Q(やな)最初はどこで曲を公開していたんですか? A(相原先生)一番最初は、今はもう名前変わりましたけど「muzie」っていうサイトがあって。 その時はそこにmp3をアップするのが主流でした。 今だったらもうYouTubeとかSoundCloudが主流ですけど。 そのあと大学に入ってホームページ制作の授業があったので、自分のページにって感じですね。 Q(ゆうだい)曲を1曲書くのに大体どれくらい時間がかかりますか? A(相原先生)曲にもよるとしか言いようがないんですけど、短くて15分から長くて一週間とかです。 Q(一同)15分! A(相原先生)15分とかは特殊で、仕事での作曲の場合だったら、例えば12秒のCMの曲を作ったりするときにそれに対して報酬が5万円だったとして、それにどれくらい時間をかけられるかって考えたとき15分くらいで作らないと割に合わないな、っていう。 ちょっとビジネス的な見方で。 Q(ゆうだい)学生時代にたくさん作曲したと聞きましたが、モチベーションを維持する秘訣は? A(相原先生)秘訣はまあ作曲自体が好きだからっていうのがありますし・・・。 ゲームとかだったら無限にできるじゃん。 そういうノリです。 どんどん作りたい作りたいってなる。 Q(藤原先生)スランプとかは? A(相原先生)もちろんありましたよ。 スランプの時は・・・何やってたかな・・・。 でもその時も作ってましたね。 もう一音でも一小節でも。 とりあえずネタだけでも作っておこうと思って。 Q(ゆうだい)現在の仕事につながるようになったきっかけは? A(相原先生)きっかけは、前は別の全く関係ない仕事をしてたんですけど、そこを辞めちゃってどうしようかっていうときに音デ卒業生の佐藤先輩に声をかけてもらって。 「うちで作曲とかレコーディング案件あるけどやらない?」って。 で、なぜか の講師をするっていうかたちになりました(笑) Q(ゆうだい)あー。 やっぱ繋がり大事? A(相原先生)繋がり大事! Q(ゆうだい)ハレピカのレッスンと大学の授業で違う点は? A(相原先生)大きく分けたらグループレッスンかマンツーマンのレッスンかの違いだと思うんですけど。 マンツーマンの場合だったら相手のペースに合わせられるんで、相手が何やりたいかとかもどんどん考えていけるんですけど、グループってみんな並行でやるなんて無理なんで、そこが難しいかなって思ってます。 まだ一年しかやってなくてやり方がわからないだけだと思うんですけど、そこにちょっと困惑してます。 Q(ゆうだい)最初に作った曲は和風と仰られたんですが、今得意なジャンルは何になりますか? A(相原先生)今もやっぱり原点はそこなので・・・久石譲もめちゃくちゃ好きだったのでその辺のヒーリング系のサウンドが多くて。 今でも和風曲とかピアノを主体とした曲は人並み程度には作れるかなと思ってます。 Q(カネマサ)着メロサイトにオリジナル曲を投稿してた頃とは? A(相原先生)これは何かと言うと、曲を作り始めて一番最初にはネットには公開してなかったんですよ。 丁度そのころってまだガラケー時代で着メロとかがすごい普及してて。 色々な着メロのサイトがあって、その中のカテゴリの一つに「オリジナル」というカテゴリがあって。 そこに個人で投稿できるサイトがあったのでそこで試しに自分の曲を投稿してみたら意外と反応が良くて、それで調子に乗って今に至るっていう感じですね。 これが高3ぐらいですね。 Q(りんたろう)ガラケーで着メロサイトって、 J研 ? A(相原先生)わ!知ってるんだ? Q(りんたろう)その頃って着メロサイトといえば J研 って・・・。 A(相原先生)でも、時代違うよね? Q(りんたろう)小6くらいからガラケー持ってて。 J研 は曲数多くて、同じ曲でも色んな人がアレンジしたのもいっぱいあって、いいサイトだなって。 Q(ゆうだい)ゲームに採用された経緯を教えてください。 A(相原先生)大体は楽曲公募で勝ち上がったっていう感じなんですけど、一部は直接依頼とかもあります。 後は人の繋がりとか。 大事ですよ~。 Q(ゆうだい)楽曲盗用や転載の対策はされていますか? A(相原先生)昔はYouTubeとかにアップされてたら通報してたんですけど、もうイタチごっこで面倒くさいだけなんで今は特にしてないですね。 ポジティブに、好きだからアップしてくれてるんだろうって思おう!っていう。 何回か全く別の曲名で自作発言されたことはあって、それは素直に通報しました。 Q(ゆうだい) や機材について教えてください。 A(相原先生)メインは Pro8. 5です。 Q(ゆうだい)モニター環境は? A(相原先生)ヘッドホンがSONYのMDR-Z700と、スピーカーがFOSTEXのPM0. 4を大学1年の時からずっと使ってます。 Q(ゆうだい)相原先生といえばコレ!という音のこだわりはありますか? A(相原先生)一番意識しているのはできるだけメロディーをキャッチーに。 覚えてもらえるのが一番大事かなと個人的には思ってるので。 あと音じゃないんですけど曲の中のストーリーとか世界観とかは結構大事にしてて、例えばとある曲の最後の展開が別の曲の最初の展開だったりとか、別の曲でまた別の曲のメロディーが入ってくるだとか。 曲と曲の繋がりとかは完全に自己満足なんですけど意外とウケがいいので続けてます。 Q(ゆうだい)曲の中で完成というよりはいろいろ繋がっていってという感じで? A(相原先生)そうそうそうそう。 まさに。 Q(カネマサ)メインの(多用する) は? A(相原先生)大体いまはKOMPLETEとHALion Sonic SEを半々くらいで使ってます。 Q(カネマサ)ハード音源は使う? A(相原先生)使ってません。 Q(ゆうだい)「ハード音源」って何? A(相原先生)ハード音源とソフト音源で2種類あって、ソフト音源は今言ったCubaseについてるHALionだとか、パソコンの中で完結するもの。 ハード音源は、ソフト音源が出る前は例えばここにあるシンセサイザーってあるじゃん。 まさにこういうもの。 外部のものからパソコンに取り込んで使うもの。 Q(やな)そういうことか。 言葉は知ってるんですけど何となくしかわかってなかったから・・・説明してもらえると納得です! Q(ゆうだい)ジャケット画像制作について A(相原先生)それこそ何回も出てきますけど、さっき言ったAKITOさんっていう方が自分の曲全部にジャケットを作られていたのでそれを真似してみようという流れで。 大学で を習ったので、ずっと一曲ごとに自分で絵を描いてやってます。 まあ絵を描くと言っても絵は描けないので、 のカスタムブラシツールのスタンプ的なものをレイヤーしたりとか組み合わせてそれっぽくしてます。 Q(ゆうだい)大学での授業が役に立ったということですね? A(相原先生)そう。 正にそうです。 Q(りんたろう)自分で音源を自作したりはしますか? A(相原先生)そっちはあまり興味ないかなあ・・・面白そうではあるけどね・・・キリがなさそう。 Q(りんたろう)作曲を始めたのが高3っていったら、そこまで早くないですよね? A(相原先生)遅いと思いますよ。 今時中学生でも作りますからね。 当時はそもそもDTMが普及してなかったので。 誰一人知らなかったですね。 Q(りんたろう)独学ですか? A(相原先生)ほぼ独学ですね。 そもそも を習うっていう発想自体なかったです。 普及してなかったんで。 ググっても全然出てこなかったのでもう見よう見まねで。 Q(やな)さっきAKITOさんという方に憧れて曲を作り始めたってお話があったんですが、今は特別好きなアーティストとか参考にしている人はいらっしゃいますか? A(相原先生)特別何かっていうのはないけど定期的に聴いてるのは音ゲー作曲家の曲です。 大学入る前に和風の曲ばっかり作ってて、ここに来る際に新名先生に曲を聴いてもらって「どれも同じだね」って言われて(笑)悔しかったんでジャンル幅広げようと思ったのがきっかけで音ゲーを始めて。 あれっていろんなジャンルの曲が分かりやすく入ってるし、大体が当時打ち込み音楽だったのですごく勉強になりましたね。 Q(ゆうだい)学生時代にやっておけばよかったことは? A(相原先生)別の科の人間ともっと絡んでおけばよかったなって。 音デは陰キャの集まりなので・・・。 Q(ゆうだい)学生時代の習慣はありますか? A(相原先生)行きのバスで麻雀をしてました(笑)空港の方の実家から岡山駅までバスで行ってたので、その間に一局くらいできてました。 Q(りんたろう)卓麻雀ですか? A(相原先生)ネット麻雀ですが・・・。 Q(りんたろう)スマホあったんですね! A(相原先生)フリなんかネタなんかわからん(笑) Q(ゆうだい)小さい頃の夢は? A(相原先生)おもちゃ屋さんになりたかったです。 トイザらスで働きたかった。 おもちゃ屋さんで働いたらおもちゃがもらえると思ってたので(笑) 音楽で食っていこうとは思ってなかったです。 大学に入っても思ってなかったのでほんとにたまたまですね。 Q(ゆうだい)学生時代どんなバイトをしてましたか? A(相原先生)最初はケーキ屋で働いてて、そのあと結婚式場の音響機材の運搬。 そのあとはヤマトの仕分けですね、引っ越しのやつ。 そのあとは司法書士事務所のバイトでしたね。 ひたすら単純作業だったので向いてました。 Q(ゆうだい)音デで好きだった授業は? A(相原先生)全部好きだったけど、赤堀先生と堀先生のベースとドラムの授業や、中島先生のエレクトーンの授業で合奏したり、演奏系の授業が好きでしたね。 Q(ゆうだい)好きだった先生は? A(相原先生)好きだった先生!これもまた難しい・・・。 (一同)笑い A(相原先生)まぁ皆個性があって好きなんですけど、感謝しているという意味ではやっぱり新名先生と、あと藤原先生にもめちゃくちゃ感謝してるんですよ! 前の仕事辞める時とか、結婚いつしようかって悩んでた時にいつも相談に乗ってもらってたんですよ。 なんか飲みに行ってましたよね! 仕事を辞める相談の時は6人くらいいました(笑)寺田先生、新名先生、問田先生・・・。 A(藤原先生)そうそう。 最初は赤堀先生とゴハン行こうかって2人だったんだけど、問田先生から連絡あって、じゃ一緒に行こう、って。 そしたら相原君から相談あって、先生達とゴハン行くから来る?って感じで、気が付けば全員集合!ってなっちゃって。 Q(りんたろう)いいなぁ~ Q(ゆうだい)すごいなぁ・・・。 A(相原先生)なのでとても感謝しています。 ありがとうございます。 A(藤原先生)どういたしまして。 Q(藤原先生)寺田先生って、業界の人では知らない人は居ないくらいの有名人だけど、一般の人にはその凄さがわかりにくいよね? A(相原先生)裏方なので一般の人にはわかりにくいと思うけど、「Wikipediaに載っているくらいスゴイ人」ってことかな? Q(りんたろう)されてきたアーティストを見ると、スピッツだったりユーミンだったり、スゲー!って思いますよね。 Q(ゆうだい)好きだったことについて。 Q(やな)すごい抽象的だなぁ・・・。 A(相原先生)そうだね(笑)好きだったことは・・・音デの緩さとか、上下関係の・・・なくはないけど、ほぼ無いに等しいじゃないですか。 そういう雰囲気はとても好きでしたね。 和気藹々としてて。 Q(ゆうだい)他の学科とかは割と上下関係とか厳しそうだよね。 音デは上も下もいい感じに・・・。 一年生はまだ掴めないけど、二年生の代はすごいやりやすいよね。 Q(やな)確かにそれは今も変わらずいいところですね。 Q(ゆうだい)でも先輩たち二人が頷いてないから、俺たちの思い込みかもしれない(笑) A(相原先生)二人は内気なだけだから(笑) Q(りんたろう)新名先生の心に残った言葉は? Q(ゆうだい)格言みたいな(笑) A(相原先生)飲み会の時に言ってた言葉なので信用ならないんですけど(笑)「気遣いじゃなくて気配りなんだよ」っていう言葉が心に残ってますね。 気は遣うんじゃなくて配るものだよって。 Q(ゆうだい)確かに言われた気がする。 座右の銘みたいな? A(相原先生)それを何回も言われましたね。 なるほどなぁと。 Q(ゆうだい)学生時代に一番頑張ったことは? A(相原先生)これはもう曲作りですね。 ひたすらと。 Q(ゆうだい)曲作りももちろんそうだと思うんですけど、それとは別に何かありましたか?曲作りとは直接関係なくてもいいんですけど・・・。 A(相原先生)なんかあったかなぁ・・・。 ちょっと思いつかないですね。 Q(ゆうだい)じゃあもう本当に意識したのは曲作りだけってことですね。 Q(りんたろう)俺らの代って曲作りに打ち込んでる人がいないよね。 をいじらないっていうか。 Q(ゆうだい)ゴリゴリでやってる人は確かにいないね。 皆直接演奏することが好きな人の方が多い。 音デの代によってそこも色々あるよね。 Q(りんたろう)バンドマンか作曲系か。 Q(ゆうだい)相原さんの代はどんな雰囲気でしたか? A(相原先生)今とそんなに変わらないかなぁ。 Q(ゆうだい)じゃあ上も下もやりたいことをやってた感じですか? A(相原先生)そうですね。 Q(ゆうだい)休み時間は何をしていましたか? A(相原先生)当時モンハンばっかりやってましたね。 Q(ゆうだい)ゲーム大事。 A(相原先生)息抜き大事。 Q(ゆうだい)今も同期と関わりはありますか? A(相原先生)まあありますね。 通話しながらゲームしたりします。 Q(りんたろう)今もゲームするんですか。 A(相原先生)もちろん、やりますよ。 Q(りんたろう)大人になってもゲームってするんですね? A(相原先生)うん、意外とやるね。 Q(りんたろう)僕も相原先生の授業受けたかったです。 A(相原先生)受けにくればいいよ。 Q(りんたろう)そんな事出来るんですか? A(藤原先生)大丈夫よ、受けに行けば? Q(りんたろう)作曲って難しいですよね、 とか使っててつまずいても、どうやって調べていいかわからないし。 A(相原先生)そのために先生が居るんだから、どんどん聞いてくれていいよ。 特に音デの先生は授業持ってなくても相談に乗ってくれるし、授業以外のことでも相談に乗ってくれるから、話さないのはもったいないよ。 Q(カネマサ)同期の方で、第一線で活躍されてる方っていらっしゃいますか? A(相原先生)一人はゲーム制作会社で効果音とかやってるし、楽譜制作をしてる女性が居ます。 (一同)インタビューお願いしたいですね! Q(ゆうだい)では、最後に今後の目標をお願いします。 A(相原先生)音楽をずっと続けたいですね。 どんな状況でも、続けていきたいと思ってます。 (一同)ありがとうございました!.

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相原 りんこ

人物 [ ] 1961年仙台市生まれ。 早稲田大学第一文学部卒業。 代表作の『』シリーズ()は、シリーズ19作累計200万部を超え、、韓国をはじめ海外でも刊行されている。 また、開発・としても活動しており(この領域は漢字の相原博之名を使用)、キャラクター研究所所長(現・代表取締役 )として絵本キャラクターとしての「くまのがっこう」のトータルプロデュースをはじめ、キャラクター「」 、公式キャラクター「ヨサコイチャピ」などの開発にも参加。 現在は退職。 株式会社サニーサイドを設立し代表取締役に就任。 、原作の漫画作品『』の絵本化を発表した。 妻はの幹部。 主な作品 [ ]• 「くまのがっこう」シリーズ(ブロンズ新社)• 「くまのこミン」シリーズ(講談社)• 「うさぎちゃんとゆきだるま」(教育画劇)• 「フラニーとメラニー」シリーズ(講談社)• 「バクのあかちゃん」(教育画劇)• 「てをつなご。 」(教育画劇)• 「またあえるよね」(教育画劇)• 「キャラ化するニッポン」(講談社現代新書)- 「相原博之」名義• 「りんちゃんとあおくん」シリーズ (ポプラ社)• 「クローバーフレンズ」(角川書店) 出典 [ ] [].

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